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第六の怪 女王からの挑戦状 その六
しおりを挟む図書館に残って調べものをする上杉愛理と松永美空。
愛理はパソコンから、検索をかけては電子化された資料を探る。
「黒い菩薩像が空襲で焼けたと仮定して……、調べる年代は終戦より前でいいかな。どうせ残っている地方紙なんて数が知れているだろうし。
検索するワードは、空襲、お化け楠、あとは当時の様子も調べておくか」
が――いざ検索をかけてみて、愛理は「げっ!」
画面内にはずらずらずらと、おもいのほかに大量の新聞記事がヒットする。
どうやら戦前から戦後までに地元で発行された新聞類を、ご丁寧にもまとめて大切に保存していた有志がいたらしい。その人からの寄贈により、当市のデータバンクはかなり充実している。
おかげで当時の世相や風潮とかは手に取るようにわかるのはありがたいが、数があるのですべてに目を通していたら、時間がいくらあっても足りやしない。
そこで愛理は、まず空襲にのみ的を絞る。
すると戦時中、地元が空襲に襲われたのは三度であった。
うち二度は通りすがりに、ちょっとちょっかいを出した程度の局所的なもので、被害もさほどではなく、扱われいる記事も紙面のごくごく一部。
けれども最後となる三度目のはかなり酷かった。
なにせ町の南半分が焼けたのだから。折り悪く山の方から吹く風に火が煽られたのも不運であった。またたく間に南部域が炎に包まれたという。
焼け野原にて。
一夜にして変わり果てた町の光景に、呆然と佇むもんぺ姿の女の子のうしろ姿を撮影した白黒写真を凝視し、「これはむごい……、よくもまぁ、こんな状態から復興したもんだ」と愛理は憤りを覚えつつも、人間の逞しさに呆れるやら感心するやら。
カチ、カチ、カチ、カチ……
他に客の姿はない。貸し切り状態の閲覧室に淡々と響くのは、愛理の手元のマウスの操作音だ。
無線式じゃなくてコードのマウスなので、動かすたびにコードが軽く引っ張ってくるのが、ちょっと煩わしい。
人差し指にてマウスをクリックしては、次々と画面に表示される電子化された資料に目を通していく。
そのうちに、ついに目当ての情報を見つけた。
「おっ、あったあった! お化け楠っと。え~と、なになに――」
記事を読み進めるほどに、愛理はいつしか真剣な表情にて前のめりとなっていた。
◇
館内に並ぶ書架はすべて温もりを感じられる木製にて、背はあまり高くない。
これはお年寄りから子どもまで手が届くようにとの配慮だ。それと地震対策でもある。
だから四年生の美空でも、踏み台なしで上段の本が取れる。
地元の郷土史を集めた専用の棚は、奥まった一画にあった。
美空は、まずは端から順に本の背表紙を眺めていく。
ざっとひと通り確認してから、今度は特に惹かれたタイトルの本を棚から抜き出す。手に取りパラパラとページをめくっては、閉じて戻すを繰り返す。
限られた時間内に、たくさんある本の中から有益な情報を得ようとおもったら、いちいちじっくり読んでいたら間に合わない。それこそ何日も図書館に通うことになるだろう。
だから己のインスピレーションを信じ、思いつくまま気のむくままに探る。
手にした本の目次に目を通せば、だいたいの内容は想像できる。
あとは欲しい情報に合致する項目なりキーワードが含まれているかどうか。
そんな選別作業を美空は、特に意識することなく行っていた。
なんだ、ヤマカンの当てずっぼうじゃないか、と侮るなかれ。
積み上げた実績は数知れず。
これがけっこういい線いくから、なかなかバカにできない。
だからとて美空自身は、自分に霊感があるとかは微塵も信じちゃいない。
「昔の新聞記事とかはたぶん上杉先輩が調べているだろうから、わたしは民話とかの線から攻めようかしらん」
地方にはいろんな民話が伝わっている。これには昔話、伝説、世間話にとんち話や、教訓譚などが含まれている。
以前に、第二編集部でも調べた天狗文字の巻物と瑞山の天狗伝説なんかもこれに該当する。
かつてそれらは人から人へ、老人から若者へと、しれっと口伝えでなんとな~く受け継がれてきたものだが、とある人物の台頭がその流れを劇的に変えた。
岩手県遠野地方に伝わる逸話や伝承などを集めてまとめた「遠野物語」などで知られる民俗学者の柳田國男だ。
彼の活躍をきっかけとして一大民俗学ブームが巻き起こり、日本各地でにわか郷土史家らが雨後のタケノコのごとく乱立する。
ご多聞に漏れず、美空たちの地元でもブームが席捲した。
でも、そのおかげで地元に伝わる民話がまとめられた本には事欠かない。
「どれ……これなんか良さそうね」
美空が手に取ったのは、地元の民話を百以上も集めた本である。郷土史家が自費出版したものを図書館に寄贈したものだ。
どこかで聞いたような話から、嫁と姑との漫才のような掛け合い、嫁と小姑との仁義なき戦いの一幕を切り取ったもの、正直者が報われたり、欲深な不心得者に罰が当たったりなどなど。
一話一話が簡潔にて明瞭、ボリュームもせいぜい原稿用紙二枚から三枚程度にて、内容の詳細よりも、収録数に重きを置いた構成となっている。
「ビンゴ!」
羅列された目次の中に、お目当てのワード「お化け楠」を見つけたので、美空はにんまり笑みを浮かべる。まんまのタイトルだったので、すぐにわかった。
が、まだ読まない。
対象の物語があるページに、持ち込んだ付箋を貼って目印をつけてから、いったん本を閉じ小脇に抱えた。
できれはあと五、六冊ほど資料となるべき本を確保したい。
だから書架とにらめっこを続ける。
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