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025 竹姫さま、出陣す
しおりを挟むハートマークを背に持つパンダクマがあらわれたのは大門前。
すでに手勢はあらかた出払っているところに、特大級の脅威が到来する。
かといって、このまま門扉を打ち破られるのを手をこまねいて見ているわけにはいかない。
「……こうなったらしょうがない。やるっきゃないよね」
私は覚悟を決めた。
竹皮のマントを脱ぎ捨て、みずから武器を手に取る。
非力な竹女童の身なれども、それなりに備えはしてきたつもりだ。
「竹姫さま(小)の出陣じゃ~!」
並々ならぬ私の決意を察したのか、いつもは制止役にまわる三人竹官女らも今度ばかりは止めない。それどころか彼女たちも襷姿(たすきすがた)となり、額にはちまきをつけ、手には薙刀を持っては主人のあとに続く。
残っている竹武者と竹工作兵たちをかき集めてはアレコレと指図する。招かれざる客を熱烈歓迎してやるための準備を命じつつ、私は大門へと向かった。
武家屋敷の長屋門をベースに設計された大門は頑丈かつゴツイ。
正面入り口の部分は、あげた吊り橋、大扉、格子柵による三重の守り。
門扉に至っては厚さもさることながら内側に閂(かんぬき)と落とし棒がついており、おいそれとは開けられない仕掛けとなっている。
大門の両脇には物見櫓があって不躾な客を、問答無用で上から攻撃できるようにしてある。
だが私が駆けつけたときには、すでに吊り橋のみならず、ふたつの櫓の上部が破壊されたあとであった。
守衛が接近してきた敵に対して弓やバリスタで応戦したものの、逆にやられてしまったらしい。吹き飛ばされた屋根や破壊された竹人形の残骸をみれば、まるで散弾銃でぶち抜かれたかのような痕。
報告によると、ヤツは足下の地面に手を突っ込んでは、ごっそり掴んだ土や石くれを無造作に投げつけてきたそうな。
ふつうならば「アイテテテ」ですむ程度のこと。それが充分な殺傷力を有している。
ポイっと投げた小石が大口径の銃器から発射された弾丸のようになる。
とんでもない馬鹿力だ、デタラメにもほどがある!
まともに戦ったら、竹女童の私なんてたちまち木っ端みじんにされるだろう。
ドォオォォォン! ドォオォォォォンッ!
背にハートマークを持った厳ついパンダクマ。
あ~、長いので以降は個体識別名『ハート』と呼ぶことにする。
ハートが門扉へと体当たりをするたびに、大門全体がグラグラ揺れては、扉そのものがメキメキと厭な音を立て軋む。
この様子では破られるのも時間の問題だろう。
「くるならこい! この竹姫さまが直々にたっぷりもてなしてやる」
ない胸をそらし、私はフンスカ鼻息を荒くする。
一方その頃――
侍大将のサクタは一体目のパンダクマを相手に奮闘中にて。
隻眼のパンダクマの迎撃へと向かった一団も交戦状態に突入していた。
〇
ドドドドドッ!
竹からくりの四肢が躍動しては土煙をあげて竹ウマが疾駆する。
槍を手に愛馬にまたがっているサクタが風となり突撃していく。
これを迎え討たんとするパンダクマ。
あー、三体もいるのでややこしいので以降は、これの個体識別名称を『スエッコ』とする。命名の由来は、いかにも三兄弟の末っ子っぽいから。
たちまち接敵することになった。
両雄が激突する。
けれども一合目は軽く挨拶程度にて。
すれちがいざまに互いに一撃を繰り出したのみ。
ヒュン!
ブゥン!
鋭い風切り音と荒々しい風のうねりが重なった。
槍による突きと豪腕による拳打。
しかし当たったのはサクタの方だけ。スエッコは竹ウマの進入速度を見誤り、空振りに終わる。
対してサクタの放った槍の穂先は相手の頬をかすめて切り裂いた。
が、やはり浅い。
金タワシのようなゴワゴワした体毛のせいで、刃の通りが悪いせいだ。
通常の馬上の戦いであれば、ここでいったん離れての仕切り直しとなる。
しかしサクタはふつうではない。そして愛騎の竹ウマもまた……
ガキン、ガシャン、ゴキンとの異音を発しては、生身の馬体ではありえない挙動と関節の動きにて急速旋回を実現する。
まるでドリフトの180度ターンのような動きにて、即座に反転してみせた。
ふり返ろうとしているスエッコよりも断然速い!
結果、スエッコはサクタに対して無防備に背中をさらす格好となった。
そこへ人馬一体と化したサクタが襲いかかる。
首のうしろあたりの急所へと目がけてサクタの槍の穂先が閃き、狙いすました一撃が放たれた。
〇
所替わって二体目のパンダクマが出現した地点では――
これまたややこしいので、二体目のパンダクマの個体識別名称を『カンスケ』とする。命名の由来は隻眼の軍師・山本勘助から。あの武田信玄に仕えたという知者にしてクセモノ。べつに独眼竜からとって『マサムネ』でもよかったんだけど、なんとなく行動や面構えが小狡そうだったもので、こっちを採用した。
実際ハートやスエッコとちがい、こいつは騒ぎに乗じてこそっと竹の里に侵入してきたしね。
カンスケは侵入後も無駄に暴れたりはせずに、一路目指すのは里の要(かなめ)とおもわれる建物のところ。
頭さえ獲れば戦は終わりだと言わんばかりの行動である。
だがそんなカンスケが長屋と長屋の間を通り抜けようとしたところで「カンケン、カンケン」と吠えたのは竹忍犬たちである。
いつのまにやら前後を囲まれており、激しく吠えたててくる。
隠密行動がバレたことを悟ったカンスケは、やにわに立ち上がっては、こしゃくな竹忍犬どもをひと息に蹴散らそうとするも、振り上げた手がいきなり何者かに掴まれた。
「ガゥ!?」
見れば自分の手首にひも状の何かが絡みついてる。
それは分銅のついた竹縄であった。
しかしこの程度の縄なんぞはどうということもない。ゆえに強引に振り払おうとするも、そこへさらに幾本もの竹縄分銅が飛んできた。
首、腕、腰、足へとぐるぐるぐる、たちまち全身に巻きついては離れない。
一本一本は脆弱なれども数がそろうとやっかいだ。まるで蜘蛛の糸のように執拗にまとわりついてくる。
かつてないことに動揺しカンスケがもがいていると、不意に片足がガクンと沈んだ。とはいえ深さはたいしたことがない。せいぜい足首程度のこと。
落とし穴と呼ぶほどもないくぼみ。
掘ったのは竹忍犬たち。目的は敵の足止めとさらなる混乱をまねくこと。
まんまと術中にはまったカンスケだが、そのタイミングで――
コロン、コロン、コロコロコロ……
足下に転がってきたのは竹ひごで編んだ玉。
おもわず何かと凝視していたら、その玉がいきなり爆発してはピカッと閃光を放ったもので、「ギャッ!」
間近でまともに強烈な光を浴びてしまった。
もともと隻眼であるカンスケは一時的ながらも完全に視力を失いあたふた。
そこへ長屋の屋根の上から一斉の躍りかかったのは竹忍者たちである。
竹忍者たちの手に握られているのは打ち刀と脇差の中間ぐらいの長さの直刀――忍刀。鞘のみならず刀身も光を反射して目立たないようにと、艶消し加工が施された暗い武具。忍刀の切っ先をまっすぐに下へと向けては、上から刃を突き立てんとする。
これに遅れることほんのわずか。
路地よりぞろぞろと姿を見せたのは薙刀を持った竹僧兵たちだ。
こちらもカンスケへと殺到する。
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