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022 災厄来たれり

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 それは白昼の出来事であった。
 竹林の静寂が突如として破られた。

 カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!

 けたたましく鳴り響くのは警鐘。
 緊急事態の発生を告げるもの。竹の里が何者かの襲撃を受けている。
 それまでのんびりしていた空気が一変して、緊迫したものとなった。
 竹侍大将であるサクタの指揮のもと、武器を手にした竹武者たちが慌ただしく配置へとつく。そんな彼らをバックアップすべく竹工作兵たちも動く。
 非戦闘員らは邪魔にならないよう、領主の館にて私ともども待機だ。

 この時点で、私はまだ余裕しゃくしゃくであった。
 なにせこの竹の里の防備は現時点で最強を誇っている。たとえ万の軍勢が押し寄せようとも負けない自信がある。
 だが、そんな私の自信を揺るがす事態が直後に起きた。

 ズズゥウゥゥゥゥン!

 視界が上下にぶれぶれ。もの凄い地響きがしたとおもったら、いきなりボキリと物見櫓のひとつが倒壊したもので、私は「はいーっ!?」
 やったのは飛んできた岩の塊である。
 直径2メートルほどもある歪な巨岩だ。
 それが空堀や防御壁を軽々と跳び超えては、里の中にまで侵入してきて、ドッカン!
 櫓を薙ぎ倒したついでに近くの家も一軒おしゃかにされた。
 そんなシロモノが次々に飛来してくるではないか!

「な、何なのよ!? 敵勢はカタパルトでも所持しているっていうの? いや、それにしたって投げてる石が大きすぎる。こんなの、いったいどこから集め――ハッ! ま、まさか……」

 カタパルトとは投石機のこと、古き良き伝統の攻城兵器である。
 が、問題はそこでじゃない。
 ポンポン投げている岩の方だ。
 竹の里および私の支配下にある竹林付近には、そんなもの落ちてない。
 となれば、わざわざ超重量級のそれを運び込んだというのか?
 いいや、それもムリがある。そんなのを担いでえっちらおっちら近づいてきたら、さすがにこちらの警戒網に引っかかるはず。

 にもかからず、なんら前触れもなくあらわれた。
 それすなわち遠方から来たわけじゃなくて、比較的近い所からの強襲ということ。
 私には一ヶ所だけ巨岩がありそうな場所に心当たりがあった。
 この近場で唯一そんなのがゴロゴロしていそうな場所、それは……

 私は竹女官らの制止を振り切ってトテトテ駆け出す。
 向かったのは館の二階である。そこから屋根へとあがれる。
 竹女童の体にてちょこまかと廊下を抜け、階段とハシゴをよじ登り、屋根の天辺である棟へと立ったところで、「ん~」と彼方をにらむ。
 誰かと同期して視てもよかったのだが、どうしても自分の目で確かめたかったのだ。
 すると案の定であった。

「くそっ! やっぱりアイツの仕業か」

 視界の先にいたのは白黒のツートンカラーが目立つ巨大な毛玉。
 パンダクマだ。

「ちっ、ぬかった。私のバカたれめ! どうして『川が境界線となっている。わざわざこちらに渡ってくるつもりはないらしい』なんて決めつけたのよ。安全である根拠なんて何もなかったというのに……」

 無意識のうちに自分にとって都合のいい妄想を、現実として受け入れてしまっていた。本来ならばとことん考えて考えて考え抜いて、対策を練らなければいけなかったのに。
 アイツの強さ、その脅威を目の当たりにして、植えつけられた恐怖心から考えることを放棄してしまっていたんだ。

 人は見たいモノだけを見て、信じたいことだけを信じる。
 心理学でいうところの確証バイアスが働いた。
 わかっていたはずなのに……、まんまと思考の罠に自分ではまってしまった。
 情けない。
 せっかく皮がむけたというのに、中身はまるで成長しちゃいない。
 だがいまは不甲斐ない己を嘆いている時ではない。反省はあとからいくらでも。

 ――まずは目の前に迫った脅威を排除せねば!

 だから私は総力戦をかけるべく大号令を発しようとするも、その時のことであった。

 ギュギューンと飛んできたのは岩である。
 てっきり途中で失速するのかとおもいきや、そのまま飛んできては私のすぐ近くに落下したもので「あんぎゃーっ!」
 衝撃で竹瓦の屋根に大きな穴がいた。
 吹き飛ばされた竹女童の身が、コロコロと屋根の上から転げ落ちていく。
 それをあわやというところでキャッチしてくれたのは、警護役の竹僧兵のうちの一体であった。
 私はいささか情けない格好ながらも、すぐさま「者ども、出し惜しみはナシよ。総力を結集して敵を討て!」と命じた。


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