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011 月に吠える
しおりを挟む緊張した面持ちにてゴクリ――
私は念じる。
『ゆっくりと踏み出せ』
指令を受けて竹人形がカタカタカタ震えだし、言われた通りに右足から前へと。
カサリと落ち葉を踏み鳴らしての第一歩、スタスタと歩き出した竹人形の姿に私は「やった!」とガッツポーズ。
しばし慣らし運転がてら、そこいらをウロウロさせたり、ちょっとしゃがんだり、跳ねさせたり、シャドーボクシングなどをさせては経過を観察する。
「ふむ、関節の稼働域も問題なさそうだね。全体のバランスもいい」
あれこれと実証実験を繰り返し、ついに完成した等身大の竹人形一号。
甲冑姿が勇ましい竹武者のサクタだ。
ちなみにネーミングは、私が敬愛する萩原朔太郎さまを参考にさせていただいた。
彼の御仁は大正時代に活躍した「日本近代詩の父」と呼ばれる偉大な詩人にて、その作風は美しい情景を描きつつも、どこか暗い世界観を持って……
なんてことはどうでもよくて、私が彼を尊敬しているのは詩集『月に吠える』で竹について熱く語っていたからである。
竹
ますぐなるもの地面に生え、
するどき青きもの地面に生え、
凍れる冬をつらぬきて、
そのみどり葉光る朝の空路に、
なみだたれ、
なみだをたれ、
いまはや懺悔をはれる肩の上より、
けぶれる竹の根はひろごり、
するどき青きもの地面に生え。
竹
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
みよすべての罪はしるされたり、
されどすべては我にあらざりき、
まことにわれに現はれしは、
かげなき青き炎の幻影のみ、
雪の上に消えさる哀傷の幽霊のみ、
ああかかる日のせつなる懺悔をも何かせむ、
すべては青きほのほの幻影のみ。
……とまぁ、こんな具合に。
末尾のごちゃごちゃぬかしている部分はともかくとして、竹についての描写のなんと巧みなことか。なおかつリフレインとリズミカルな表現にて、プロのラッパーも真っ青な韻(いん)まで踏みまくっている。しかもたんに踏むのではなくて、他の母音を交え、まさに絶妙なのだ。
言葉の妙技、ここに極まれり。
だが、なにはともあれ竹だ。
竹に着目した時点で彼はえらい!
あー、えらいといえばたしか俳聖・松尾芭蕉も「松のことは松に習え、竹のことは竹に習え」という名言を残していたっけか。
おっと、いかんいかん。
つい熱くなるあまり、話題が横道にそれてしまったので、ここいらで軌道修正するとしよう。
竹武者サクタの試運転は問題なさそうなので、このまま本稼働させてみるとしよう。
竹林の中をシュタタと駆けさせ、ときおり立ち止まっては持たせた竹槍をぶんぶん振り回させる。突き、薙ぎ、打つ打つ打つ。
コン、カン、コンとリズミカルに青竹を叩く。
なかなかの槍捌きなのは、私に武芸の心得があるから。
……ではなくて、主に時代劇の影響である。
以前にも言及したが、私はじいちゃん子である。
お年寄りは総じて時代劇と野球のナイターが好きだ。大河ドラマとか欠かさず視聴していたし、年末の総集編までチェックしては、ときに原作小説に手を出すほど。
そんな祖父の薫陶を受けた私が、いっぱしの歴女になるまでにさして時間はかからなかった。
そう、私はリケジョでもあり歴女でもあったのだ。
この余波で戦国武将が無双するゲームとかにもちょっかいを出していたおかげで、武器をふり回すイメージにはこと欠かない。
これが正しいとか、ちゃんとしていないとかはこの際どうでもいいのだ。
大切なのは私の中のイメージ。
それを具現化するのはサクタがやってくれるのだから。
「よし、どこにも問題なさそうだね。それなら次のフェーズへと移行するか」
基礎動作の確認および、稼働実験は成功した。
いまのところ本体に異常はなし。
建築資材にも使われるモウソウチクをベースにして、油抜きと乾燥を施したことで格段に強度が増したことで、しなやかさと強さを兼ね備えたボディは伊達じゃない。
というわけで、ここからはいよいよ実戦だ。
訓練と本番はちがう。実際に狩りをさせてみて、どこまで戦えるかを検証する。
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