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001 竹林でドロップキック

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 爽やかな風が吹いている。

 カサ、カサリ……

 揺れているのは笹の葉か。
 お淑やかな音で私は目を覚ます。

(うっ、顔に光が当たっている。ちょっとまぶしいかも)

 のびた竹たち、枝葉の隙間から煌々と差し込んでいるのは月光だ。
 スポットライトみたいにこっちを照らしている。

「とってもキレイ。あ~やっぱりいいわねえ、竹林大好き! とはいえ、あれ? 私ってばどうしてこんなところで寝ているんだっけか。
 え~と、たしか大学の研究室で飲み会があって、それからそれから……」

 寝ぼけまなこにて、ぼんやりした頭でポワポワワ~ン。
 記憶をたどってみれば……

  〇

 お世話になっている大学の研究室にて――
 教授が地方で講演会をしたところ、先方から達筆なお礼状ともども郷土の珍味やお酒の詰め合わせセットがどっちゃり送られてきたもので、みんなでご相伴にあずかれることになった。
 タダで酒が飲めるとあって、みんな「ひゃっほう!」
 もちろん私もいっしょになって小躍りする。
 で、美味しい地酒に舌鼓を打つ。
 そりゃあもうドンドコ打って、打って、打ちまくったね。
 その結果、酒がすっかり無くなってしまった。
 だが、まだまだ飲み足りない。ぜんぜんイケるぜ、オレたちの限界はこんなもんじゃない。
 そこでみんなでジャンケンポン!
 く~、負けた私が買い出しに行くことになった。

 リカーショップは大学のすぐ近くにある。
 正門からよりも裏門から回った方が近道になるので、私は「うぃ~ひっく」とそちらに向かうも、途中でふとあることを思い立つ。

「おっ、そうだ! ついでにうちの竹林をパトロールしていこう」

 正確には大学の研究室が管理している竹林である。
 何を隠そう、私たちは竹について根掘り葉掘り調べては、その有効利用について考えることを研究テーマとして掲げており、日々精進していたのである。
 だからうちの研究室にとって、竹林は無くてはならないものなので、それはそれは大切にしている。母ネコが子ネコを慈しむかのように、新婚さんがイチャイチャするかのごとく、慈愛と熱愛を持って接している。

 ――にもかかわらずだ!

 うちの竹林を荒らす輩がときおりあらわれる。
 七夕のシーズンはもとより、夏季休暇に突入すると暑さにやられた腐れ学生どもが「よし! いっちょう、流しそうめんでもしようぜ、納涼イエ~イ」と浮かれて、勝手に伐採しちゃうことが昔からままあった。
 3~6月の時期になると、タケノコや根曲がり竹を採りにくる者もいる。朝採れのは旨いからね。性質の悪いのだと転売目的で竹林に踏み込む者もいる。あとは学祭シーズンも油断ならない。

 管理している場所を荒らされるこちらからすれば、いかなる理由とて極めて不快かつ業腹である。
 だから私たちは大学側へ再三に渡って「24時間の監視体制を敷いてくれ! もしくは警備員を常駐すべし!」と訴えたものの「そんな余裕もゼニもない」とにべもなく。
 なおも食い下がったら「ぎゃあぎゃあやかましい。あんまりゴネると、おまえたちのところの研究室……来期の予算を減らすぞ」と脅された。
 なんて横暴かつ大人げのない大人であろうか、プンプン!
 まったくもって思い出すだけで腹が立つ。
 しかしそれもこれもみんな、私たちの大切にしている竹林を荒らすヤツが悪い。

「もしも見つけたら、けちょんけちょんのギッタギタにして、とっちめてやるんだから」

 鼻息も荒く、私はずんずん暗い夜道を進む。
 で、竹林へと到着したところで。

 ザク、ザク、ザク、ザク……

 土を掘る音が奥の方から聞こえてくるではないか!
 お酒が入っていたこともあってか、すっかり気が大きくなっていた私は怒りのままに駆け出す。
 で、夜更けの竹林にてショベルを地面に突き立てている、不審者を発見したところで――

「おんどりゃーっ、そこで何してけつかんねん!」

 叫びながら放ったのはドロップキックである。
 恥ずかしながら活発だった幼少のみぎり、私は日夜兄弟らとプロレスごっこに明け暮れていた。かつて三歳上の兄を幾度もタタミに沈め、二歳下の弟を問答無用でソファーの向うにまで転がした技はなおも健在にて。

 横合いから容赦のない一撃を受けて、不審者は「ぐえっ」とうめき吹き飛んだ。
 だが、それで終わりじゃない。
 なぜならばここは竹林の中である。そこかしこに竹がにょきにょき生えており、それらが天然の柵となりリングロープとなっては、簡単にダウンなんてさせてはくれないのだ。
 ドロップキックを喰らった相手は、最寄りの青竹にぶつかりバウンと押し返されて、ふらふら戻ってきたところを、シュザザザザザザ――
 私は落ち葉を踏みしめては素早く移動、地を這うように接近しては「ふんぬっ」とカニばさみを仕掛ける。

 総合格闘技とかプロレスではお馴染みのカニばさみ。
 もともとは柔道の横捨身技にて、現在の大会では禁止技に指定されている。
 ちなみに禁止になっている理由は、捨て身技なだけあってかける方にもかけられる方にも相応のリスクがあるからだ。
 ひざ関節の破壊、靭帯の断裂、頭部強打の恐れあり。
 文字通り必殺技なのである。

 もっともそんなこと知ったこっちゃねえとばかりに、私は容赦なく不審者にお見舞いしてやったけど。
 ドロップキックによる不意打ちに続き、急に足下を刈られた不審者に成す術はない。
 膝カックンにて前のめりに倒れて、地面と熱烈なキスをするハメとなり、それきり動かなくなった。衝撃で気を失ったらしい。

「しゃーっ、正義は勝つ!」

 むくりと立ち上がった私は両の拳を突き上げ雄叫びをあげた。
 で、犯行現場をさっそく検分したところ、不審者の目的がすぐにわかった。

「……銘竹を盗みにきたのか。ふてえ野郎だ」

 竹といっても種類は豊富で、用途も価値も様々。
 その中でもとくに貴重とされているのが銘竹と呼ばれるモノ。
 一流の職人が逸品を作るのには、それにふさわしい格を持った素材が必要となる。
 これが銘竹だ。
 竹の神に愛されしモノ、竹の中の竹、竹界のスーパーエリート。
 いくら竹が放っておいてもスクスク育つからとて、上質に育てるのには相応の時間と労力と愛情を注ぎ込まなければならない。
 そんな苦労をすっとばしてちょろまかそうとか、とんだ悪党だ。
 だから大学の警備室に突き出す前に、もう二三発ぶん殴ってやろうとおもったのだけれども、その時のことであった。

 ドンっ。

 不意に背後から衝撃を受けたもので、私は「おっとっと」
 よろめいたものの倒れるほどではない。
 だからすぐにふり返ろうとするも――できなかった。
 力が入らない。
 それどころか、どんどんと抜けていく。

「あれれ? ちょっとなによ、これ?」

 腰のうしろ辺りに鈍痛がある。
 触ってみたらべっちょり濡れていた。
 手の平が赤い。どうやら自分は刺されたらしい。
 気づいたときには、もう立ってはいられなかった。それでもやられっぱなしは、どうにもしゃくにさわる。
 だから倒れた私は、相手をギロリとねめつけ「このクソたわけ野郎が、くたばりやがれ!」と血に濡れた中指をおっ立てた。
 そこで私の意識はプツリと途切れる……

  〇

 じょじょにあの時の記憶が蘇えってきた。
 それとともに怒りもふつふつと。

「ちくしょう、しくじった! こんなことならばキチンと締め落としておくんだった」

 不覚! 私は己のうかつさを呪った。
 そしていまさらながらに自分が刺されていたことを思い出したもので、あわてて傷口を確認しようとするも「ん?」

 ……手、手が動かない。

 それどころか、足も、指の一本すらもがピクリともしない。体がちっとも言うことを聞いてくれない。うそ~ん。
 血は止まっているみたいだけど、もしかしたら脊髄とかを損傷しちゃった! そのせいでマヒしているのかも。後遺症とか残ったら今後のフィールドワークに影響がでる。それどころか、最悪このまま寝たきりの生活なんてことも……
 せっかく念願かなって、ずっとやりたかった竹の研究に携われるようになったというのに。

「あーん、へたこいた~」

 自分の阿呆さ加減に呆れた。
 そして絶望しかけたのだけれども、そのときになって首がほんの少しだけ動くことに気がついた。
 で、グッグッと力を込めて、どうにかして自分の状態を確かめたところ――

「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁーっ!」

 だってそこにあったのは刺されて倒れている大学院生ではなくて、地面からひょっこり顔を出しているタケノコなんだもの。

 目を覚ましたらタケノコになっていた!

 いかに自他ともに認める無類の竹好きの私とて、さすがにこれはない。ぶっちゃけドン引きだ。
 ショックのあまり、フッと意識が遠のく。

「うぅ、どうせならかぐや姫にでもなって、逆ハーレムルートでイケメンパラダイスがよかっ……たぜ」

 ガクッ。


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