272 / 286
272 古傷
しおりを挟む密林の奥にある泉を中心としたひらけた一帯。
そこがクルセラの所属する群れの居留地。
彼女を送り届けるだけのつもりが、若い子たちにかこまれて、なし崩し的にここを訪れることになった水色オオカミのルク。
四方八方からとんでくる言葉の波にのまれて、あっぷあっぷ。
どうにか誤解をといて解放してもらえたのは、空がドップリ茜色に染まるころ。
「うちのお転婆が世話になったそうだねえ。たいしたもてなしはできないが、ゆるりと過ごしていくがええ」
グッタリしているルクに、そう言ってくれたのは老オオカミの女性。
なんでもこの群れを統括している三長老のうちの一頭なんだとか。
みんなよりも長く生きているおかげで、知識や経験がとっても豊富。それゆえに天の国の水色オオカミについても、ある程度は知っていたらしく、かわった毛色のオオカミをじつにあっさりと受け入れてくれました。
そればかりか仲間を助けてくれた感謝と歓迎の意をこめて、宴さえもよおしてくれました。
小高い丘一面を埋め尽くす白い花。
夜にだけ咲く花にて、一輪一輪がぼんやりと光を放っており、ちょっとしたロウソクがわりになるほど。なんでも日中に蓄えた太陽の光を、こうして夜に解き放っているのだとか。数があるのでけっこう明るい。
そんな場所にて、飲めや歌えと陽気にさわぐオオカミたち。
貯蔵していた食べ物も放出されており、みなおおいに喰らい、腹を満たす。跳ねるようにそろって踊っている者らがいれば、輪唱のように吠えている者たちもいる。
陽気な宴会。
なのに一角では、またぞろクルセラとシュプーゲルが口論をはじめていました。
遠目にてそんな二頭の様子をルクが眺めていると、顔を出したのはニャモ。
ちょこんと彼のとなりに腰をおろす。
「ケンカするほど仲がいいってね。もっとも完全にスレちがっていますけど」
シュプーゲルは群れの首長の息子のうちの一頭。
なおこの群れでは首長を頂点に戴き、三長老が合議制にて意思決定をしています。
シュプーゲルは人望、チカラ、その他もろもろがいくつも他の兄弟より抜きんでているので、早くも次期首長との呼び声も高いんだとか。あの口やかましさも責任感の強さからとのこと。
クルセラは女ながらにすぐれた戦士にて、彼女に助けられた者は多く、また面倒見がよくて気風もいいもんだから、姉御と呼んで慕っている者もひじょうに多い。こと同性にかぎっては支持率がとんでもない。
そんな二頭は幼馴染みにて、どちらも群れの将来を憂いているのに、考え方がまるで水と油。
立場上、群れ全体の安全と安定を第一に考えるシュプーゲル。
平穏を守るためには時として果断が必要だと考えるクルセラ。
どちらもまちがってはいないけれども、どうにもうまくかみ合わない。それで衝突が絶えないというわけ。
「で、ぶっちゃけるとシュプーゲルさんは姉御にホレてますね。本人は隠しているつもりみたいですが、女の目はごまかせません。あのガミガミだって姉御を心配してのことでしょう。でもクルセラ姉さんは、あんな性格なもんで、ちっとも気がつきやしない。それに……」
「それに?」
「シュプーゲルさんには負い目があるせいか、どうにもあと一歩が踏み込めないんですよ」
ずいぶんと昔の話。
まだシュプーゲルもクルセラも、いまのニャモよりも幼かった時分。
やんちゃ盛りのきかん坊だったシュプーゲルは、長の息子という身分もあってそれはもう調子にのっていた。幼いがゆえに尊大で、怖いもの知らず。無謀と勇気をすっかりはきちがえていたものの、それは彼にかぎったことではなくて、その年頃の男の子にはありがちなこと。いずれたくましく成長したあかつきには、落ちついて頼もしい存在となるだろうと、周囲の大人たちは温かく見守っていた。
そんなときに事件が起きる。
シュプーゲルがイタズラ仲間たちをともなって、よりにもよって砂甲虫(さこうちゅう)に度胸試しだとちょっかいを出した。しかも見極めをあやまって空腹の個体をからかったものだから、砂甲虫はおおいに暴れた。食事時のかの虫はおそろしく機嫌がわるくなる。子どものイタズラだからとて見逃してはくれない。
それほどおおきな個体ではなかったものの、それでも幼いオオカミたちにとっては脅威。
明確なる害意や殺意を向けられて、すっかり腰を抜かしてしまったシュプーゲルたち。
そこに駆けつけたのがクルセラ。
みんなを叱咤して逃がすかたわら、怒れる砂甲虫を相手におとりを引き受ける。
結果としてシュプーゲルたちは助かった。
だがクルセラはその際に左の耳を半分失い、顔にも消えない傷を負った。
そしてこの一件以来、シュプーゲルは変わった。イタズラ坊主は卒業し、首長の息子としてよりふさわしい存在となろうと、わき目もふらずに努力するように。
それでもってクルセラは顔の傷のせいもあってか、女としての自分には早々に見切りをつけて、もともと男勝りであったのが、ますますその男前っぷりに磨きをかけていく。
「彼らにそんな過去が……。クルセラの古傷はそのせいだったんだね」
ニャモの話を聞き終えたルク。
しかしやや首をかしげて、ふしぎそうにこうつぶやいた。
「顔の傷か……、そのヘンがちょっとよくわからないなぁ。ボクの目にはクルセラは十分にキレイに見えるんだけど」
いたってマジメな調子にて、そう言った水色オオカミ。
ルクはこの数日、行動を共にして間近でクルセラと接して感じたままのことを正直に口にする。
そんなルクの顔をまじまじと見つめるニャモ。
彼女から「ひょっとしてルクさんってば、すんごい女たらしだったりする?」と言われて、さらに首をかしげることになるルクなのでした。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる