水色オオカミのルク

月芝

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239 白銀の魔の手

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 夜明けまえのこと。
 とある森の入り口にいたのは、一組の男女と一頭のオオカミ。
 執事服を着て、眼帯をはめて右目が隠れているのがコークス。
 白銀の魔女王レクトラムの信頼あつきいちばんの側近の男。
 燃えるような赤い髪をしたうつくしい女はミラ。
 蠱惑の紫色の瞳を持つ大蛇の化身にて、イカズチの魔法を巧みに使いこなす白銀の魔女王の部下の一人。
 何度も洗われてすっかりあせて色むらだらけの黒い衣のような毛並みをした、黒のまだらオオカミはガロン。
 彼らはかねてより自分たちの女主人が欲している水色オオカミの子どもを捕獲するための計画の一環として、この地をおとずれていました。

「では、手はずどおりに」

 コークスから命じられて、黒のまだらオオカミのカラダがずぶりと影に潜って消えた。
 ガロンが向かったのは、ここより西にある周囲を深い谷にかこまれた土地。そこに魔道具を設置して結界を張り、西の森に住む魔女を封じ込めるのが彼の役目。

「あの魔道具って広域結界じゃないのかい? 城とかを守るための。まえにアタいがパイロルーサイトで見かけたヤツよりも、よっぽど上等なモンに見えるんだけど」

 上等な品どころか現存する結界の魔道具の中でも、最上位に準する品だと教わり、ミラはたいそうおどろきました。
 そればかりか、そのような品を使い捨てにすると言われ、しかもそこまでしてもたいして時間稼ぎにならない相手だとわかり、二度も三度もおどろくハメに。

「かつては賢人とまで称えられた魔女エライザ。レクトラムさまが認める数少ない者のうちの一人だ。そんな人物にじゃまをされてはたまらんからな。だから念には念を入れることにしたまでのこと。目標の身柄をおさえたらすみやかに撤収するから、そのつもりで」
「りょうかい。アタいだってそんなおっかないヤツ、相手にしたくはないからね。それでどうするんだい? 森を焼いてあぶり出すのかい。それとも適当にあばれておびき出すのかい」

 なにやら物騒なことを口にしたミラ。彼女の紫の眼が剣呑な光を帯びる。
 ですがコークスは首をふりました。

「そんな派手なマネをするつもりはない。ふつうに訪問して、ていちょうにお誘いして迎えるだけだ」
「ふーん、そんなので言うことを聞くのかねえ」
「問題ない。なにせ彼女は森の便利屋として、大活躍しているそうだからな」

 自信ありげなコークスの言葉を聞いて、その意図をさっしたミラが「ちっ」と軽く舌打ちをしました。

「あいかわらず趣味のいいこって」

 水色オオカミの子どもをおびきだし、従わせるための人質。
 その人質をこちらのおもい通りに、自主的に動かすために、コークスはこの森そのものを盾にとろうとしていたのです。
 かつてガロンを味方に引き込む際には、チカラに頼り強引な手段をとったがゆえに、不本意な結果となってしまいました。
 白銀の魔女王レクトラムが欲しているのは、あくまで冬の晴れた空のようなうつくしい毛をした水色オオカミの子ども。
 しかし水色オオカミを完全な形で手に入れるためには、ココロをこそ手に入れる必要がある。
 同じ失敗をしないためにも、今回は、表向きは穏便に。
 だけれども裏では、ゆっくりと時間をかけてココロを屈服させ、従わせる算段であったのです。そのためにはまず、各地を転々とする対象の身柄をおさえる必要がある。
 ですが風のように大地を駆ける水色オオカミを捕らえるのは至難の業。
 そんなオオカミをつなぎとめる首輪やクサリとなる者を、手に入れるためにコークスたちはこの地へと赴いたのです。
 その手段や考え方が、かつて一つの国を滅ぼし、北の極界を産み出したことを彼らは知りません。自分たちがどれだけの危険を懐に招こうとしているのかも。

 コークスは仲間の女からのイヤミにはかまわず、さっさと森の奥へとむかい歩きだしました。ミラもあわててあとを追いかけます。



 森の奥に建てられた丸太小屋。
 からくり人形のガァルディアが滞在する拠点として作ったモノなのですが、いまでは森の便利屋さんの本部として兼用されており、メンバーたちは時間があるときは、たいていここでのんびり過ごしています。
 小屋の扉がトントンとやさしく叩かれました。
 その音に、「はーい」と答えたのは野ウサギのティー。
 扉を開けた先には見知らぬ人間の男女の姿。

「こちらが森の便利屋さんでまちがいないだろうか」

 おちついた声音をした男の人からたずねれられて、「はい」とティーは返事をする。

「いきなりで申し訳ないのだが、ちょっとお願いしたいことがあってね。どうか話を聞いてはもらえないだろうか」

 はじめは相手が人間ということもあり、内心ではとても警戒していたのですが、こちらにもちゃんとわかる言葉を話しますし、どこまでも紳士的な態度を崩さない相手に、ティーもつい話を聞くぐらいならばいいかなという気になりました。

「どうぞ」

 ティーにまねかれて、室内に入ってきたのは男性ばかり。
 女性の連れの方は外で待っているそうです。
 お客さまなので、ティーは奥にいたアライグマのエスタロッサに声をかけて、お茶の用意を頼みました。
 なおガァルディアはティーの兄たちに頼まれて、北の畑の収穫を手伝いに行っていたので今はいません。
 物陰からお客の姿を盗み見したエスタロッサ。

「あら、渋いお方。でもなにやら危険なニオイがするわね」

 アライグマ界隈一のモテ女の、そんな直感が的中することになってしまうとは、このときはティーもおもいもよりませんでした。


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