水色オオカミのルク

月芝

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237 救い

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「ぼんやり光っている……、あれはなんだろう?」

 足下の氷をのぞきこんでいたルク。
 クサリを引きずりつつ、そばに寄ったソレイユが同じようにのぞき込む。
 ぽっかりとあいた二つの洞にて、はたして何がどのように見えているのかはわかりませんが、彼は首をかしげました。

「光? いったい何の話をしている。とくにめずらしいモノは見当たらないが」

 ルクの視線の先、ずっと奥底にあったのは永遠の牢獄に囚われた哀れな男の、けっして朽ちることのない氷漬けのカラダ。旅装にて竪琴らしきものを手にしていることから、おそらくは各地を渡り歩く楽士なのでしょう。
 北の極界が世に出現したときに、運わるくアルカディオン帝国の領内に居合わせて、災禍に巻き込まれた犠牲者のうちのひとり。
 とても気の毒ながらも、そんな者はこの大地の下にはごまんと埋まっています。
 だからこそソレイユは、めずらしくもなんともないと言ったのです。
 それに彼にはルクの言う「光」なるものがまるで見えません。
 でもルクは、シッポを右へ左へとゆらしながら、ふしぎそうに首をかしげるばかり。
 そればかりか、ありえないことを口にしてソレイユをたいそうおどろかせました。

「うーん、たぶんなんだけれど、あのヒト……。まだ生きてるんじゃないのかなぁ」

 はるか昔に永久凍土と化したこの地に囚われた人間が生きている?
 すぐに「ありえない」とソレイユは否定しました。
 ですが、ルクも引き下がりません。それどころかまじまじと眺めているうちに、なにやら確信を深めたようで、「うん。やっぱり生きてるよ。あのヒト」と言い切りました。
 そして「あの男のヒト、きっと人間じゃなくてドラゴンだよ」とも。

 ルクの茜色の瞳に映っていたのは、かすかに灯っていた生命の火。
 とてもちいさくてホタルの明かりよりも、なおよわい。
 もしも水色オオカミの子どもが気がつかなければ、閉ざされた氷の世界にて人知れず燃え尽きていたかもしれません。
 しかしルクは見つけてしまいました。見つけた以上は放っておくわけにもいきません。
 そこで咎鎖のオオカミの許可を得て、水色オオカミのチカラにて掘り出すことにしたのですが、これがとってもたいへん。
 水をあやつるチカラの応用にて氷を掘り進めていくのですけれども、とにかく固い。ふつうの氷とはちがうようでサクサクとはいきません。また他に埋もれているモノを傷つけることはダメだといわれたので、どうしても作業は慎重になります。
 慣れない発掘作業。
 勢いにまかせて真っ直ぐ掘り進めるわけにもいかず、ときにはおおきく迂回をしてグネグネ進み、どうにか目当てのところにまでたどり着いたときには、丸二日がすぎておりました。
 そこからも慎重に慎重を期したので、地上へと運びだすのにさらに丸一日。
 なにせ相手はカチンコチンにつき、うっかり雑にあつかってカラダのどこぞがポキリと欠けてしまったら、取り返しがつきませんので。
 そうして運び出すと、今度は解凍作業が待っていました。
 骨の髄までカチンコチン。
 いきなり水色オオカミのチカラにて内部を温めると、カラダが割れてしまい危険だとソレイユに言われたので、相談の上、氷の小屋の室内にてお湯をはり、そこに放り込んで様子を見ることに。
 ルクのチカラで造った小屋の内部は、四方が氷に囲まれているのに、ちっとも寒くないふしぎ仕様。
 それでもここは北の極界の深部にて、気を抜くとすぐにお湯が冷めてしまうので、どうしても付きっきりとなります。
 もしも話し相手となってくれるソレイユがいなければ、きっとルクは居眠りをしてしまっていたことでしょう。

「ぶはっ、げほっ、……うぅっ、なんだ、ここは? それに私はいったい……。頭がぼんやりして、くらくらする」

 ドラゴンが化身したとおぼしき男性がお湯の中で目覚めたのは、解凍作業を始めてから三日目の朝方のこと。
 じっくり時間をかけたのがよかったのか、無事みたいでルクはほっとしました。
 びしょ濡れの自分の状況にあわて、水色オオカミの子どもに話しかけられてビクリとなり、咎鎖のオオカミの姿におおいに混乱した茶髪の男性。取り立てて特徴のないのが特徴といった感じの朴とつとした容姿。
 彼の名前はシャモン。ルクがにらんだとおりにドラゴンの青年。
 そして……。

「シャモンさんってば、ひょっとしてラフィールさんのおムコさん?」
「うん、そうだけど。って、あれ? ルクくん、彼女のことを知ってるの」
「えーと、知ってるというかなんというか……」

 そこでシャモンが行方不明扱いどころか、まことしやかに死亡説やら浮気説なんかが竜の谷では流れており、婚約者のラフィールの身に起こったこととか、どれくらい時間が経っているかなんぞをかいつまんで教えてあげました。
 話を聞くほどに、せっかく赤味がさしてきたというのに、またぞろ顔色を青くしてしまったシャモンさん。

「たいへんだ! こうしちゃいられない。いそいで彼女のところに帰らないと」

 長い眠りから目覚めたばかりのシャモンさん、そう叫ぶなりいきなり変身、みるみるカラダが大きくなっていく。
 氷の小屋がドカンと吹き飛び、中から飛び出したのは茶色のウロコをしたドラゴン。
 ルクとソレイユに礼も言うのもそこそこに、そのまま矢のように飛んで行ってしまいました。
 せっかちというか、あわてんぼうというか、なんともあわただしい出発です。
 ルクがあきれ顔にて、遠ざかるドラゴンのツバサを見送っていると、となりで同じように見送っていたソレイユがつぶやいたのは「よかった」との言葉。

「だれも救われない物語。救いようのない物語ではあったが、最後の最後にひとつだけ光があった。ここに来てくれたのがルクで、ほんとうによかった」

 そう言われて、ルクはとても光栄におもいましたが、それとともに少しかなしくもなりました。
 もはやこの地にて、自分にできることは何もないことが、わかってしまったから。
 水色オオカミのチカラは強いだけでなく、とてもおそろしくもある。
 だけれども、そんなすごいチカラを持ってしても、かなわないモノ、どうしようもないことが、世の中にはたくさんある。
 それでもいつの日にか、ソレイユやサン、この地に囚われたすべての魂が解放されることをルクは願わずにはいられません。

 北の極界にて水色オオカミの子どもは、またひとつ大切なことを学び、おおきくなりました。
 ですがそれと時を同じくして、ついに彼の者たちが動き始めていたのです。


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