水色オオカミのルク

月芝

文字の大きさ
上 下
228 / 286

228 聖女伝

しおりを挟む
 
「おまえが聖女の名を騙る不届き者か?」

 馬上から問うたのは、立派な身なりをした小太りの男性。お供もたくさん連れています。
 そんな人物からいきなり声をかけられたサン。
 はて? と首をかしげました。
 なにせ周囲がかってに聖女だなんぞと持ち上げているだけで、自分ではまったくそんなつもりがなかったからです。それに彼女の中では、がんばってくれているのはソレイユであって、自分ではないとおもっていましたので。
 黄金の水色オオカミの姿は、いまは彼女のそばにありません。
 教会の中庭にある陽だまりにて気持ち良さげにウトウトしていたので、そのまま休ませておくことにしたのです。
 サンは一人きりで村の近くにある花畑に来ていたところを、手勢にかこまれてしまいました。
 えらそうなオジさんから、ふたたびたずねられて「たぶん」と自信なさげに答えたら、いきなり兵士にうしろから腕をつかまれてしまいました。
 おどろいたサンが「キャッ」と短い悲鳴をあげる。
 次のしゅんかん、一陣の風が吹き、一帯に花びらが舞いました。
 あらわれたのは黄金の水色オオカミ。
 全身の毛が焔のごとくゆらめき、牙をむきだしにして、怒りもあらわ。

「そのうす汚い手をすぐに放せ」

 有無も言わせぬ迫力にて、あわてて手を離した兵士はその場で尻もちをついてしまう。
 いえ、正しくは逃げ出すことがかなわなかったのです。まるで両足が地面にぬいつけられたかのよう。見れば重たい氷の枷をはめられており一歩も動けやしない。それだけではなく、そこから体温がうばわれて、みるみるカラダが凍えていく。
 他の兵士たちも同様です。みな拘束されています。顔は真っ青となりふるえて、寒さのあまりカチカチと歯を鳴らしておりました。
 ソレイユの発した怒気に当てられて、ウマは悲鳴をあげて立ち上る。
 そのひょうしに背から勢いよく放り出された小太りの男。受け身もろくにとれずに背中から地面にドスンと落ちました。
 痛みのせいか、おそれのせいかはわかりませんが、まるで水面に顔を出した魚のようにパクパクと口を動かすも、まんぞくに声を発することができません。

「キサマは何者か! いかなる理由にてサンにちょっかいを出す? 返答次第ではただではすまさんぞっ」

 カミナリのようなソレイユの怒号をあびて、おびえて縮こまった男。「ひぃえぇー」みっともない声をあげ、地面に平伏して固まってしまいました。
 彼はこの北の地を支配するアルカディオン帝国の貴族の末席にて、この一帯を治める領主。地元そっちのけで中央にて上役へのゴマすりに精を出していたのですが、久しぶりにもどってみれば、何やら評判になっている娘がいるという。
 領主たる自分を差しおいて、聖女なんぞと名乗り、民からの支持を集めるなんて言語道断。ゆえに自ら出向き、これを処断して乱れた人心を正してやろうと考えたんだとか。
 山の民からの切実な訴えには耳もかさなかったくせに、自分のこととなるとすぐに動くだけでも呆れる話。しかもサンをどうにかするつもりだったと聞いて、ソレイユがさらに怒ったのは言うまでもありません。

 黄金色の毛がいっそうのかがやきを放ち、地に降りた太陽のよう。
 そのまぶしさが、ソレイユの怒りをあらわしており、これをまえにして男たちはまるで生きた心地がしません。ブルブルとふるえるばかり。
 なんども地に額をこすりつけて、己が浅慮を恥じ、ひたすらあやまる領主。
 大人たちのそんな情けない姿を見て、気の毒におもったサン。
 ソレイユに「もう、そのへんで許してあげて」ととりなす。
 彼女にお願いされたとたんに、するりと矛をおさめた水色オオカミ。
 命を救われた形になる領主やお供の連中は、これにたいそうおどろき、そして深く感心しました。
 屈強な男たちがなすすべもないような黄金の水色オオカミをたやすく御するだけでなく、自分に危害を及ぼそうとした相手にまで慈悲をかける。
 ソレイユが発する後光を受けた幼女の姿が、涙でにじんだ彼らの目には聖女として映る。なかには感極まって泣き出す者まで。
 そのしゅんかん、サンは領主公認の聖女となってしまいました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...