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225 咎鎖のオオカミ
しおりを挟むかがやきをうしなった鈍い黄金色。
そんな毛をした水色オオカミが、うつむきながら足を引きずるようにして歩いている。
何者かの悪意を形にしたかのようなトゲのついた黒い首輪が禍々しい。
四本の足にも黒の輪っかはめられている。そのすべてからだらりとたれ下がったクサリ。
カラダのあちこちには杭が打ち込まれており、そこからもまたクサリがのびていた。
動くたびにジャラリと音が鳴る。雪原に幾筋もの細長い線を描く。
傷口からは血がジワリとあふれ、杭やクサリを伝う。
ポタリポタリとしたたり落ちては、白のキャンパスに紅い染みをつくっていた。
オオカミが、ふと顔をあげ、こちらを向いた。
互いの目が合う。
だけれどもそこには、あるハズのモノがない。
漆黒の双眸かとおもわれたそれは、二つの穴。
そこからもまた血が流れており、まるで泣いているようであった。
「だいじょうぶなの?」
あまりにも痛ましい姿をしている同胞。
たまらず声をかけた水色オオカミの子ども。
「もんだい……ない」
気だるげな声にて答えた口の端からも血がしたたり落ちる。
ちっともだいじょいうぶそうにありません。心配のあまりオロオロするルクにはおかまいなしに、彼は言いました。
「ワタシは咎鎖(とがさ)のオオカミのソレイユ。こんな場所に何の用だ?」
用件をたずねられましたので、きちんと名乗ってから、知り合いのドラゴンからこの地を一度は訪れておくようにいわれたことを、ルクは説明しました。
話を聞いたソレイユはしばし考え込む仕草をみせたのちに「ふむ」とひとりうなづく。
「なるほどな。そういうことか……。そのドラゴンはよほど賢しいとみえる。この地を見せて、未熟な子に学ばせようとしたようだ。ならば協力せねばなるまい。ルクにはワタシと同じあやまちをおかしてほしくないからな」
「あやまち?」
「そう。……許されざる大罪をワタシはおかした。足元をよくみてみるがいい」
自分の足元にあるのは白い雪ばかり。
堀ったところですぐに固い氷の壁に突き当たる。
「チカラを使って一帯の雪を飛ばしてみろ。そうすればわかるだろう」
言われたとおりにしてみても、やはり姿をあらわすのは底が見えないほどのぶ厚い氷の層ばかり。
北の極界とよばれるここの地面は、どこもかしこもこんな調子です。
いまさらなので、わけがわからずに首をかしげる水色オオカミの子ども。
ニオイもまるでしませんし、これがいったいどうしたというのでしょうか?
地面に鼻先を近づけて、まじまじと眺めていたのですが、その視線があるモノをとらえて、おどろきのあまりおもわずピョンと飛びはね、あとずさったルク。
氷の下にはヒトの顔がありました。
カッと見開かれた目。叫び声をあげているかのような口。真っ青な肌には深いシワが幾筋も刻まている。
恐怖と絶望だけがありました。
そんなものを克明に刻み込まれたヒトの姿。
よくよく見れば、そこかしこに同じような人影らしきモノが……。
この足下には無数の人間たちが氷漬けにされて囚われている。
それがわかってルクは心底ゾッとなりました。
怖気のあまり、頭のてっぺんからシッポの先までの毛が逆立つのをおさえられません。
「わかったか? これがワタシのおかした罪。かつてここは楽園かと見まがうほどに、大地の恵みが豊かなところであったというのに……」
「えぇっ! ほんとうなの?」
ソレイユの話にルクはおもわず声をあげずにはいられません。
いまでは草木の一本も生えていない、こんな場所に緑があふれていただなんて、とても信じられなかったからです。
「あぁ、それなのにワタシがけっしてとけることのない氷と晴れることのない闇で閉ざしてしまった。ゆえに我が身は永遠の責め苦を与えられて、このような浅ましい姿と成り果て、この地に囚われた者らの魂もまた永劫に解き放たれることはない。世界はこの形で固定化されてしまった」
水色オオカミのチカラにて、数多の命をうばい、見渡す限りの大地を氷の世界にかえてしまったと聞かされ、唖然とするばかりのルク。
それに世界の固定化とはいったい……。
わからないことばかりで困惑する子どもに、咎鎖のオオカミが語って聞かせたのは、己が身に起きた出来事。
だれも救われることのない悲劇の物語。
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