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208 バルガーの語り
しおりを挟む蒼の覇者と呼ばれる双頭のクマがねぐらとしていたのは、大森林の中にあった洞窟。
道はいくつも枝分かれしており、内部は広く彼が立ったまま歩けるほど。見上げた天井からは、つららのようにとんがった乳白色の石がたくさんぶら下がっている。
湧き水が出ているところもあり、雨露をしのぎ、風雪から身を隠すには充分すぎるほどの空間。
そこをズンズンと進んでいくバルガー。
途中でルクを待たせて、脇道へとそれた彼がもどってくると、肩にかついでいた荷が消えていました。保管庫に放り込んできたそうです。万年氷があって長いこと食べ物を保存させられる場所があるそうで、気になるのならば案内するが、見てもあまり気持ちのいいモノではないぞと言われて、水色オオカミの子どもはあわてて首を横にふりました。
奥のひと際ひらけた空間にまできたところで、双頭のクマは足を止めました。
四角く岩盤をくりぬいたかのような形をした場所。
壁も床も天井も、すべてに黄ばんだ紙のような色をした土が塗られている。
洞窟の内部だというのに、ここはジメジメとしておらず、どちらかというとカラリと乾いてさえいる。
その理由は周囲をおおっている土にあると、バルガーは教えてくれました。
なんでも洞窟の奥にある泉の底にたまっているドロを、このように塗っておくと、湿気を吸い取るふしぎな壁になるそうです。
まるで人間たちの家のよう。そんな印象を受けたルク。
それをさらに裏づけるかのように、中央には火を焚いたようなあとまで。
かつてだれか人間が住んでいたあとを、バルガーが使っているのでしょうか?
ルクのそんな考えは、すぐに的外れだと知れました。
だって自分のツメとツメとをシャッと素早くこすりあわせ、器用に火花を散らした双頭のクマが、積まれた薪に火をつけている姿を目の当たりにしたのですもの。
食べ物を貯蔵し、住まいを整え、火さえもおそれることなく扱う。
あきらかにケモノの領域を超えた行動。
蒼の大森林を去った友だちからバルガーが「仲間なんかじゃない」と言われた理由の一端を垣間見たような気がルクはしました。
やっぱり頭が二つあるので、その分だけかしこい知恵がついているかもしれません。
そう思ったので、ついしげしげと彼の首元を見つめていたら、あることに気がつきました。
出会ってからモノを言っていたのは、ずっと右側の首ばかり。左側の首はひとことすらも発していません。目を閉じて寝ているのかとずっとおもっていたのですけれども、よくよく見てみれば、呼吸さえしていないような。
あれではまるで死んで……。
ルクの視線に気がついたバルガー。
「あぁ、こいつの紹介がまだだったな。これはオレの死んだ女房のメラルドだ」
そう言いながら彼はやさしい手つきにて、愛おしそうに左の首をなでる。
となりの首が奥さん? わけがわからずにキョトンとなった水色オオカミの子どもに、バルガーが聞かせてくれたのは、彼がいかにして双頭になったのかという物語。
蒼の大森林の奥でひっそりと暮らしていた若き日のバルガーは、ある日、一頭のメスのクマに出会いました。
彼女の名前はメラルド。栗色をしたやわらかそうな毛並みに、おだやかで落ちついた雰囲気をもつメラルドとバルガーは、ゆっくりと互いの距離を縮めていき、ついに夫婦となりました。
やがて子宝にも恵まれて、いつまでもこのしあわせがつづくかとおもわれた矢先に、とても悲しい出来事が起こりました。
彼が狩りへと出かけて留守にしている間に、子どもが人間に捕まってしまい、それを助けようとした母親のメラルドまでもが、その手に落ちてしまったのです。
バルガーが駆けつけたときには、すでに人間ともども森を離れたあとで、どうすることもできません。
こうして一度に家族を失ったバルガーのなげきは相当なものでした。
だからとて復讐を企てるだとか、見かけた人間たちを無差別におそったりはしません。
大森林に住む以上は、狩ったり狩られたりがつねにつきまとう。
ここで生きるとは、そういうことなのですから。
いかにかなしくとも、いかにつらくとも、いかに涙があふれようとも。
前を向いて生きていくしかない。
世のはかなさをうれい、理不尽に対する怒りを内の内、底の底へとむりやりに押しこめ、なんとか立ち直ろうと歯を食いしばる苦悩の日々。
でもそんなバルガーの想いを踏みにじるような光景を目の当たりにしたとき、彼のココロの中で何かがガチャンとこわれてしまいました。
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