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194 献身
しおりを挟むキンッ! キンッ! キンッ!
ひびいていたのは、レオンのサーベルとライムのボロ剣がぶつかる音。
いつしか声援はやみ、会場中が静まりかえっていましたので、剣戟の音ばかりが、よく聞こえます。
必死になって剣をふるっていたのは銀髪の麗人ばかり。
対する青年は、涼しい顔にて軽々とこれをさばき続けている。
観客たちは黙り込むしかありませんでした。
こうなってはもうだれもが認めるしかない。二人の間に横たわる明確なる力量の差を。
青年が優勝候補の筆頭であったダレムを負かし、ここまできたのは運でも偶然でも、ましてやインチキでもなんでもなかったということを、まざまざと見せつけられてしまったのですから。
戦いとは非情です。強い者が勝ち、弱い者が負ける。狭間には線引きがあり、両者を容赦なく隔てる。
じきに終わりが近づいてきました。
どれだけ想いがあろうとも、どれだけ強く願おうとも、望みをかなえるのには相応のチカラがいる。必死にのばした指先がふれるだけではぜんぜん足りない。しっかりとつかんでは、二度とは離さない強いチカラが。
連続していた剣戟の音の間隔が、しだいに広がっていきました。
調子もくずれて、とぎれとぎれに。やがて明らかに数が減り、音のひびきも弱々しくなっていく。
レオンの体力が底をつきかけているのです。
全身にびっしょりと汗をかき、髪はふり乱し、貴公子然とした姿はすでになく、呼吸はかろうじて肩で息をするありさま。羽のように軽やかであった剣は、重たい棒きれにかわり、腕の筋肉がパンパンにはって、握る手の感覚もおぼつかなくなっていく。
それでもと歯をくいしばり、最後のチカラをふりしぼっった一刀は、無情にもかちあげられた。
強い衝撃を受け、レオンの手をはなれたサーベル。
クルクルと宙を舞う。
舞台の端の方に落ちた剣がカランと音を立てた。
それとともに、チカラつき片ヒザをついたレオン。
うなだれている麗人を見下ろすライム。
もはやだれの目にも勝敗は明らか。
このまま続けるのはネコがネズミをなぶるようなもの。
夢破れて愛しい女との未来をも失うのだから、せめて騎士としてのホコリだけは残しておいてあげて、と切に願う会場中の想いを察したのか、審判がライムの勝ちを宣言しようとする。
だけれどもそれはライムさんが目で制しました。
青年騎士が敗北にうちひしがれる対戦相手に静かに話しかける。
「レオンさま、あなたの想いはその程度なのですか? その程度の覚悟でもってナクアさまだけでなく、僕がお仕えするキャトル家をしょって立つおつもりだったのですか?」
この言葉に、おもわず顔をあげたレオン。
キッとにらむ目には怒りの炎が燃えており、くやしさのあまり肩がうちふるえている。
そんな彼に対して、淡々と言葉を続けるライム。
「剣がなくなったぐらいであきらめてしまえるほど、あなたの想いはちっぽけなものなのですか? いったいいつまで格好をつけているおつもりなのですか? 剣がダメでも、あなたにはまだ、手もあるし足もあるというのに。野ネズミだって、いざともなればツメでひっかき、小さな口でカミつき、必死に牙をたてます。たとえ自分のチカラが遠く及ばない相手だとしても。だというのにあなたときたら」
「……くっ!」
少しばかりバカにしたような調子にて相手から見下されて、奥歯をギリリとかんだレオン。
「やれやれ、この程度の男にホレて、国中をまきこんだ騒ぎを起こした姫さまも姫さまだ。いや、そんな女だからこそあなたのような男に夢中になったのか」
自分のことばかりでなく、大切なヒトまでけなされて、カッとなったレオン。
貴公子の仮面をかなぐり捨てて、怒りのままに立ち上がると、猛然と拳をふるう。
彼がこれまで扱ってきた剣技に比べれば、まるで児戯にもひとしい拳での一撃。
ですがこれを身じろぎひとつせずに、ライムさんは顔面でまともに受け止めました。
籠手を身につけた重たいソレをガツンと喰らい、クチビルの端が切れて血がにじむ。
くやしまぎれに放った稚拙な拳。まさか相手に届くとはおもっていなかったレオン。「どうして」と呆気にとられている彼を尻目に、ライムさんは審判に告げました。
「まいりました。僕の負けです」と。
何が起きたのかよくわからずに呆然としている、観客や関係者らを残し、一礼してからさっさと舞台をみずから降りたライムさん。
頬を少しばかりはらしてもどってきた弟子に、「ほんとうに損な性分だな」と師匠はあきれ顔。
ルクが「だいじょうぶ?」と心配するも、ライムさんは「へいき、へいき」と言うばかり。せめてものなぐさめにと氷をだしてあげると、ライムさんはとてもよろこびました。
しばらく廊下を進んでいると、じきに背後からドッと歓声があがりました。
なんだかんだで、めでたしめでたしと話がキレイにまとまったということに、会場内に残されていた者たちの思考が、ようやく追いついたようです。あとはキャトル家の現当主であるロンバルがうまくまとめてくれることでしょう。
競技会場の出口へとむかっていると、途中にて廊下の壁に背をあずけて待ち構えていたのはダレム・ドゥカ。
「次こそはオレが勝つ。だからもう二度と、だれにも負けるなよ」
それだけ言うと、黒髪の偉丈夫はさっさと行ってしまいました。
いささか野心家とはいえ、そこは武芸が盛んなコモンダリアの男。倒すべき相手、目指すべき者を見つけてしまったせいか、彼の中での比重がかなり武一辺倒に傾いてしまったようです。これまでも努力を重ねてきた天才は、さらなる修練を積み、研鑽しては、己を磨き、よりいっそうかがやくことでしょう。
これを見て剣聖さんは、「高めあい競いあえるよき友にめぐりあえた。それだけでも貧乏クジをひいた価値があったな」と愉快そうに笑う。
ですが目をつけたられたライムさんは、ちょっとげんなり。
どうやら剣聖への道は、恋愛運はさっぱりですが、この手の縁にはとってもめぐまれているみたいです。
今後、青年が歩む道のけわしさをおもうと、どうしても同情せずにはいられない水色オオカミの子どもなのでした。
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