水色オオカミのルク

月芝

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178 お家事情

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 コモンダリアは武芸が盛んで、あまたの英傑を輩出した歴史を誇る国。
 中央の王家を守護するのは四大公家。
 ライムさんはそのうちの一つ、キャトル家に代々仕える騎士の家系の青年。
 とはいえ腕前はおして知るべし。
 そんな彼が一人旅にていそぎ目指していたのは、いにしえの剣聖といわれた伝説の人物が残した修練場「剣の丘」
 なんでも彼の地での修行に成功すれば、短期間で見ちがえるほどに腕前があがるそうな。
 しかしここ数百年、成した者はだれ一人おらず、あまりの難易度の高さゆえに、いつしか忘れ去られていました。
 そんなカビの生えた伝承にライムさんがすがったのには理由があります。
 すべては彼の幼馴染みであり、彼が仕える主家の姫さまのため。
 ナクアという名前の可憐なお姫さまは一人娘。
 そこでお家の行く末を案じた現当主ロンバル・キャトルは、国中の猛者を集めての武闘会を開催し、これに優勝した者をムコとして迎え入れることに決めました。
 父親としては大切な娘と家の後事を託せる頼もしいムコ殿を欲してのおもいつきであったのですが、彼は知らなかったのです。
 娘にはすでに将来を誓い合った相手がいたということを。

「それがライムさんなの?」

 これまで彼の話に耳をかたむけていた水色オオカミがたずねると、青年はすこしさみしそうな顔をして首を横にふりました。
 幼馴染みの男女、姫と騎士、彼女のための旅路、話の流れからして、てっきりそうだとばかりおもっていたのに。

「いいや、ちがうよ。ナクアが想いを寄せているのは僕なんかじゃない。彼女がスキなのはアンビ家の次男のレオンさまなんだ」

 レオンは四大公家のひとつ、アンビ家の次男。
 スラリとした長身の銀髪の麗人にして文武両道。天に二物も三物もあたえられたかのような御仁。人格、家柄とて申し分なし。
 だからふつうに彼が正式に婚姻を申し込んでいたとしても、きっと話はまとまっていたことでしょう。ですが二人の仲を知らなかったロンバル氏は、大々的に武闘会のことを発表してしまったから、あとの祭り。

「でもそのレオンさんって強いんでしょう? だったら彼が試合で勝てばいいだけなんじゃあ」とルク。
「そうなればおとぎ話みたいに、キレイに話がまとまったんだけどね。ことは国の中枢を担う四大公家のひとつをめぐる大事にて、かんたんにはいきそうにもないんだよ」

 ライムさんによれば、キャトル家とアンビ家との強い結びつきを快くおもわない一派もあり、また外部から跡継ぎを招くということへの内部の反発も少なくないんだとか。それに大会で優勝すれば公家の当主の座が得られるとあって、目の色をかえた有象無象もいっぱい。
 なによりも一番の問題は、今回のムコ取りの大会に名乗りをあげた、とある者の登場。
 その人物はダレムといい、四大公家のひとつ、ドゥカ家の三男。
 若くして武芸は達人級。同世代では最強の呼び声も高い。精悍な顔つきにてなかなかの男前。ただしそれゆえに自惚れも強く、いささか傲慢(ごうまん)。このまま三男として実家にていいように飼いならされるのなんて、まっぴらごめんだと公言してはばからない野心家。
 そんな彼からすれば、今回のことは、まさに千載一遇の好機。
 いかにレオンとて、ダレム相手ではかなり分がわるい。
 まだ大会前にもかかわらず、すでにキャトル家の次期当主はダレムで決まりか? との声も多いんだとか。

 これにたいそうなげいているのがナクア姫。
 なにせこのままでは愛しい人が危ない目にあうばかりか、意に沿わぬ相手と結婚させられてしまうのですもの。
 不安のあまり夜もまんぞくに眠れず、食欲もなく、やつれる一方。
 これを見かねてライムさんはなんとかしようと思い立ったわけです。
 でも彼は弱いへっぽこ騎士。大会に出て文字通り命をかけたところで、その切っ先がダレムの身に届くことはないでしょう。
 そこでわずかな望みをかけて、「剣の丘」を目指すことにしたのです。
 自分が強くなって、大切な女性のしあわせを守るために。

 ライムさんの話を聞いたルクはコテンと小首をかしげます。
 好きな女の子のためにがんばる。
 それはよくわかります。
 でも彼がいくらがんばっても、その子はちがうだれかが大スキで、そちらを見てばかり。
 御使いの勇者の旅を通じて、これまでにいろんな愛の形を目にしてきた水色オオカミの子どもは、この青年の生き方に興味をおぼえました。
 だからライムさんの修行と、その結末に最後までつきあうことに決めました。


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