148 / 286
148 罪
しおりを挟む村の酒場へと潜入したネズミたち。
ある者は屋根の梁(はり)の上から、ある者は棚の裏から、ある者はカウンターの陰に潜む。
みんな、人の目がギリギリ届かない絶妙な位置にて、陽気に酒を飲んではさわいでいる男たちの様子をうかがい、その会話に耳をかたむけ続ける。
話の内容は、口うるさい奥さんやめんどうな姑のグチだとか、仕事や健康のことなど、とりとめのないものが大半。
そんな中にあって、ネズミたちの耳目をとくに集めたことが二つありました。
「そういえば……。この村出身で、たしかエライ楽士さまがいたはずだが」
このような話題を口にしたのは、カウンター席にて酒場の主人と会話をしていた男。
彼は旅の行商人。今回はいつも使っている山道が土砂崩れでふさがってしまい、しかたなく迂回することとなって、ついでにはじめてサイズ村へと足を運んでいました。
地元の人間、それも酒場の主人ともなれば村有数の事情通にて、これと交流を深めるのは行商の基本。
そして地元出身の英雄や有名人ともなれば、それは郷土の誇り。
これをホメられていやな顔をする者はいない。どれほどよそ者にはきびしく、人づき合いのわるい土地柄でも、とたんにかたくなな態度をあらためて笑顔にかわる。そして親しくなれば、あとはトントン拍子に商いがうまくいく。
行商人にとっては、いわば魔法のようなモノ。
それを持ち出したというのに、かえってきた反応は予想とまるでちがっていました。
「うん? そりゃあ人ちがいだろう。この村出身で楽士っていったらひとりしかいねえ。だがそいつは有名は有名でも、わるい評判でだからな」と酒場の主人。
これには行商人の方が首をかしげることに。
なにせ商人にとって情報は金貨と同等の価値を持つもの。それゆえに吟味に吟味を重ねています。旅先にてあやまった情報におどらされることは、商いの好機を失うだけでなく、死に直結する危険すらあるのですから。
ですがここで声を大にして反論するのはいけません。真偽のほどはともかくとして、反感を買われては、元も子もありませんから。
そこで行商人の男は、グラスの酒をちびりとしながら、やんわり「おかしいなぁ。たしかに楽士フランクはサイズ村の出身だと聞いたんだが」と、口にするにとどめておきます。
フランクという名前を聞いて、今度は「うん?」と酒場の主人が前のめりに。
これに行商人はシメシメと内心でほくそ笑む。だってたらした釣り糸に、相手がパクリと喰いついてくれたんですもの。こうなれば口八丁手八丁の商人の独壇場です。
若くして都でたいそう評判になった楽士の話をはじめると、自然と周囲には酔い客たちが集まりはじめました。
これが酒場に潜入していたネズミたちの注目を集めたことの一つ。
そしてもう一つは、このように盛り上がる酒場から抜け出した人物がいたこと。
まるでこっそりとその場から逃げ出すかのようにして、席を立った赤髪の男性客。周囲の酔っ払いどもはだれも気がつかなかったようですけれども、よもやネズミどもに見られていたとは、当人もおもいもよらなかったことでしょう。
ネズミからの報告を受けたルクたち。
すると何やらピンときたらしいフランクさん。そいつのあとを追ってくれと言い出しました。
そこですかさず彼が消えた方へと走りだした水色オオカミ。
お酒が入っているせいか、どこか足どりがあやしい赤髪の男の姿はすぐに見つかりました。
フラフラ歩く彼に、背後の闇から静かについていくルク。
前を行く男の口からはブツブツとつぶやき声。
「どうして今ごろになって……。くそっ、せっかくすべてうまくいっていたのに」
周囲にだれもいないとおもって、つい胸の内をもらしていた赤髪の男性はヘリオ。
ジルさんのダンナさんで、フランクさんの親友でもあった人物。そして最後の旅を共にした相手でもありました。
ヘリオが口にした「うまくいっていた」とは、いったいどういうことなのでしょうか?
いい意味で考えれば、恋人を失くして傷心していたジルさんをなぐさめ支えて、ついには想いを通わせていっしょになり、今の幸せを築いたということ。
でもそれだと、村中に広まっているフランクさんの悪評の理屈が通りません。そもそも彼は都に出稼ぎにいっており、フランクさんの成功をよく見知っていたハズですから。
だとすると考えられるのは、ただ一つ。
ジルさんに横恋慕していた彼が、彼女を手に入れるために、わざと悪評を流したということ。
それだけではなくて、さらにはおそろしいことにまで考えがおよび、シッポの毛がゾゾゾと逆立つ水色オオカミの子ども。
そしてそれはきっとフランクさんも同じだったのでしょう。
だからおもわずつぶやいた「ヘリオ、おまえが」との言葉。
銀の髪飾りに宿った彼の声はルクにしか届きません。これを耳にしたルクは、動揺のままに、ついそのままなぞってフランクさんの言葉を発してしまいます。
ふいに暗闇から聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、おどろいたのはヘリオ。
そのしゅんかん、彼が何を考えていたのかは、容易に想像がつきました。なにせまるで死霊でも見たかのように、顔には恐怖がはりつき、「ひいぃっ」と悲鳴をあげて、あわてふためていて逃げていくんですもの。
その態度が、彼が犯した罪のすべてを物語っておりました。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる