水色オオカミのルク

月芝

文字の大きさ
上 下
134 / 286

134 目覚め

しおりを挟む
 
「わたしが……、あの人を迎えにいく」

 その言葉がくり返されるほどに、灰色の世界においてラフィールの存在感が、瞳に宿るかがやきが強まっていく。
 それに呼応するかのようにして、地響きがおこり、水面には無数の波紋が起こって、ついには城壁そのものがゆれはじめて、ビキリビキリとそこかしこが音をたててくずれはじめました。
 このままでは生き埋めになってしまうと、あわてた水色オオカミの子ども。
 すぐさま暗い湖の中央にいたラフィールの体をかっさらって、自分の背中にのせると、「しっかりつかまってて」と言い、そのまま一気に出口へと向かって、風のように駆け出しました。

 ラフィールをのせたルクが飛び出すのと同時に、黒い城塞はガラガラとくずれてしまいました。
 でもそれだけではありません。
 外に飛び出しみると、この高台を幾重にもとり囲んでいた、長く高い壁が次々とこわれていくではありませんか。
 そして空を埋めつくしていた、どんより雲も次第にうすまり、散って、すき間から陽の光が差し込み、灰色の世界に色が満ちていく。
 それはラフィール姫の心の変化をあらわしているかのよう。
 ずっと閉じこもって、かなしみに暮れるばかりであった彼女が、その心が、上を向いて、いま前へと踏み出そうとしている。
 でも、まだ何かが足りない。 
 大地はあいかわらず乾いたまま。すべてを涙にかえてしまったラフィールの心にも、体にも、もはやひとしずくの水も残ってはいなかったのです。
 このままでは瓦礫だらけの荒廃した、つらい光景が広がるばかり。

 水色オオカミの子どもが、「ワォーン」と遠吠えをひとつ。
 すると霧のような細かい雨が降り始め、またたく間に空気が湿り気を帯びて、じょじょに大地がうるおいをとり戻していく。

「あたたかい……、なんてあたたかくて、やさしい雨なの」

 ルクの背中からおりたラフィールが、両手を天へとかざし、全身でそのぬくもりを感じようとするかのようにして立つ。
 彼女の足下から小さな芽がいくつも出て、草が生え、さざ波のようにドンドンとふえていく。
 やや強い風が吹き、おもわず目を閉じたルク。
 ふたたび彼が目を開けると、そこには一面の緑の世界が広がっていました。



 ラフィールの灰色の世界が色をとり戻すのと、時を同じくして、石と化していた彼女のカラダにも変化がおきていました。
 ぼんやりと石像にふれたまま動かなくなってしまった水色オオカミ。
 心配するウルルがいくら声をかけても、カラダをゆすっても、ちっとも反応がありません。
 さわぎを聞きつけてゾロゾロと集まってくるドラゴンたち。
 すると彼らの目の前で、ラフィール姫の石像が、とつじょとして水色オオカミごと大きな水の玉に包まれてしまいました。
 これにはその場にいた全員がおおあわて。
 そこにたまたま王さまや王妃さままでもが顔をそろえたものだから、さわぎがいっそう大きくなっていく。
 と、水の玉がゆっくりとですがしぼんでいき、ついにはブクブクと泡となって消えてしまいました。まるで石像の中に吸い込まれてしまったみたい。
 そしてコテンと倒れてしまう水色オオカミの子ども。
 ウルルが駆けよると、ルクは「すぅすぅ」と安らかな寝息をたてています。どうやら無事みたいだとわかって、ほっとする姫さま。ですがほっとしたのも束の間、すぐにもっともっとおどろかされることになりました。

 目の前の姉の石像。
 その足下から、少しずつ色味がもどり始めているのですもの。
 あっけにとられているうちに、みるみるとけていく石化。
 ついには頭のてっぺん、爪の先まで元通りになったとき、そこには世にも美しいドラゴンの姫君の姿がありました。

「ごめんなさいね、ウルル。あなたにはずいぶんとつらい想いをさせてしまったみたいで」
「えぇーっ、うそ! なんでー? ラフィール姉さまが元にもどったのじゃ! ウレシイのじゃ。めでたいのじゃ。でもどうしてなのじゃ」
「ルク君のおかげよ。この子が来てくれなかったら、この子ががんばってくれなかったら、わたしは、これからもずっと自分の殻に閉じこもって、きっと石のままだったでしょう」
「おぉ、おぉ、ラフィール。よくぞ無事に戻った」とは、父である王さま。
「あぁ、どれだけみなに心配をかけたとおもっているのですか、あなたは。ほんとうにしょうのない子なのですから」とは、母である王妃さま。
 王さまも王妃さまもひさしぶりの次女との対面に涙をうかべています。それは周囲に集っていた他のドラゴンたちも同じこと。
 そんな一同を見渡してラフィールは頭を深々と下げました。

「お父さまもお母さまも、それからみんなも、心配をかけて、ほんとうにすみませんでした」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...