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121 侵入者
しおりを挟む身も心も傷ついた水色オオカミの子どもが、治療のために「竜のしずく」というドラゴンの秘薬に浸かり続けること、一夜が明けました。
夜通し看病をしていた黄色い老ドラゴンは、「おかしい……、これはどうしたことか」とつぶやきました。
「ふわぁー、っと。何がおかしいって、どうかしたのかい、ウィジャばあさん?」
大あくびにて背伸びをしながら近寄ってきたのは、赤サビ色のドラゴンのフレイア。
部屋の隅にてうつらうつらしていたのですが、不穏なつぶやきで目が覚めたのです。
「どうもこうもない。ここにきて、急ににごりが強まったのじゃ」
「にごりが強まっただって? クスリはちゃんと入れているんだろう?」
「もちろん。ずっとよい具合であったのに、ぴたりと回復がとまってしまった。これはいったい」
「うーん、どれどれ……、見た目はすっかりキレイになっているな。どうやら傷の類はなおったみたいだ。でも、なんだかうなされているような」
「火の国でひどい目にあって死にかけたので、おおかたいやな夢でもみておるのであろう」
「夢ねえ、まぁ、あんな目に会えば、それもしかたないか」
そこでフレイアは変身して、人間の女戦士の姿となりました。
ずっと同じ態勢で寝たままだと、床ずれを起こしたり、筋肉が固まってしまうので、ちょっとルクのカラダのむきをかえてほぐしてやろうと、彼女は考えたのです。
長いあいだ、外界にて生活していたからこその思いつき。
ですがそれが功を奏します。
「うん? なんだ、コレは……」
琥珀色の液体の中にてうなされているルクの頭のすぐそばに、なにやら小さな黒いモノを見つけたフレイア。手を突っ込んでそれを拾いあげました。
「これは、手鏡かな? でもどうしてこんなところに。なぁ、これってウィジャばあさんのかい?」
丸眼鏡をかけて、かざされた品をのぞきこんだ老ドラゴン。
見覚えのない高価そうな鏡。はて? と小首をかしげましたが、しばらくその鏡をみつめてから「いけない。すぐに捨てるように!」と叫びました。
突然のことにビックリしたフレイア。ですが素直にその指示に従い、鏡を手放します。
床に放り出されて、カランと音を立てた黒い手鏡。
それを見つめる老ドラゴンの目つきが険しい。
「なんだい、びっくりするじゃないか。どうしたっていうんだよ」
「いけません、おひいさま。それは呪の込められた品です。それもかなり強力な」
「はぁ? なんだってそんなもんがここにあるんだい」
「わかりませぬ。ここは竜の谷に通じる神殿。皇龍さまの結界ゆえにドラゴンか、それに認められし者しか立ち入れぬ領域のはず。だがこれは、あきらかに外部から持ち込まれたモノ」
「持ち込まれたって、私じゃないぞ」
あわてて手をふり否定するフレイア。
それには「わかっています」と、うなづくウィジャばあさん。
「おそらく治療のじゃまをしていたのはコレであろう。だとすれば考えられるのは……」
黄色の老ドラゴンは、そのやや曲がっていた腰をしゃんとのばすと、鋭い目つきにて室内にすばやく視線をはしらせる。
せわしなく動いていた瞳がとまったのは部屋の一角。
棚と壁とのせまいすき間、いっそう黒く暗い影の出来ていた場所。
突き刺すかのようににらみつけ、「そこかっ!」と一喝。
空中に青白いイナズマが光り、棚の一部が吹き飛ぶ。
爆音に混じって「うぬっ」との、くぐもった声。
ですがカミナリが落ちたあとには、何者の姿もありませんでした。
「おのれ逃がしたか。何者かは知らぬが、この結界内に入っただけでなく、ずっとわれらの近くにて気配を消して潜んでいたとはの。おそるべき手腕、だが手応えはあった。あとは……」
床に投げ出されたままの黒い手鏡をねめつけたウィジャ。
とたんに寸分たがわずイカヅチが打ち抜き、これを粉々に砕きました。
「ふぃー、あいかわずおっかないね。ウィジャばあさんのカミナリは」
うっかりまきぞえを喰らってはたまらないと、ルクが眠り続ける皿の陰に隠れていた人間の姿のフレイアが、ひょっこりと顔をだしました。
「いえ、お恥ずかしいかぎり。それにしてもいささか結界を過信しておりました。よもやここに入り込めるものがあろうとは」
「やっぱりなんらかの魔法かな?」
「わかりませぬ。ただ皇龍さまの結界を破れる魔法なんぞ、聞いたこともありません。かつて歴代最強といわれた魔法使いですらも、それはかなわなかったハズ。ゆるやかに衰退を続けているあの種族にて、それを超えるものが今代にいるとは、とても思えぬのですが」
「だよなぁ。私もあちこち旅をしたけど、そんなウワサは聞いたことがない」
「それにもしもそれが実在したとして、ドラゴンにケンカを売るようなマネをする意味もわかりません。一歩間違えれば身の破滅につながりかねないというのに」
「うーん、どうにもわからないね。でも、ただひとつ言えることは、その何者かは水色オオカミの子どもを狙っているということか」
「なんとおろかな! 天の御使いを欲する、その危険性を何者かはきっと知らぬのでしょう」
「危険性?」
「おや、おひいさまは知りませなんだか。いまでは北の極界と呼ばれている、彼の地で起こったあの出来事を」
侵入者を撃退した黄色の老ドラゴンのウィジャばあさんから、そのことについてフレイアが話を聞いていたころ、悪夢の中を彷徨っていた水色オオカミのルクの身にも、ある変化が起こっておりました。
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