水色オオカミのルク

月芝

文字の大きさ
上 下
120 / 286

120 暗夜行路

しおりを挟む
 
 雨上がりの雲間から差し込む陽射しの階段。
 これをつたって天の国から地の国へと降りてきたのは、水色オオカミの子ども。

 そばの木の洞にいた野ウサギの兄弟に「こんにちわ」と声をかけました。
 でもウサギたちは「ヘンな色のオオカミだ!」とおどろいてこわがり、一目散に逃げてしまいました。
 ポツンととり残された水色オオカミは、しょんぼりしてトボトボと歩きはじめます。
 右も左もわからない森の中。
 昼間にもかかわらずうっそうとしており、うす暗く、とっても陰気。足元もぬかるんでおり、べちゃべちゃとドロがはねて不快です。
 天の国のある空の上にはない植物の青臭いニオイに、じめじめした湿気とムッとした熱気が混ざって、息をするたびに胸のあたりがムカムカしてくる。
 枝にとまっていたカラスを見かけたので声をかけたら、「ひぃ」と悲鳴をあげて逃げられました。森にいたほかの動物たちも、みんな似たりよったりの反応。
 だれもまともに相手をしてくれません。

 さみしい……。

 ドロだらけのカラダに、汗でへにょんとなった毛。なんだかとっても惨めな気持ちになってくる。
 そんな沈んだ気持ちを抱えたまま、歩き続ける水色オオカミ。
 森を抜け、原っぱに出て、やがて整備された道をみつけました。
 この道沿いにいけば、きっとだれかがいるだろうと走り出す。

 やがて二頭のウマに引かれた馬車を見つけました。
 シッポをふりながら近寄ると、いきなり矢が飛んできて、追い払われました。
 旅人に声をかければ怒声とともに石を投げられ、ようやく人里を見つけても、近寄ったとたんに、大勢の人間たちから剣を向けられ、ときにはウマにまたがった甲冑姿の騎士たちに、槍で追い回されもしました。
 森では狩人たちに狙われ、ようやくオオカミの群れとめぐりあえたので、声をかけても「おまえなんて、オレたちの仲間じゃない。そんな気色のわるい毛のオオカミなんぞいるものか!」と言われてしまう。

 どこに行っても、だれからも相手にされない。
 こわがられて、おびえられて、煙たがられて、ヒドイときには殺されそうになる。
 そして投げかけられる言葉は「気持ちわるい」「ヘンな色」「喰われるぞ」「こわい」「あっちへいけ」「このやろう」「不吉な」「不気味な」「縁起でもない」「こっちへくんな」「殺せ」「追い払え」「逃がすな」といった、自分の存在を否定されるようなものばかり。
 それは見えない刃。
 心がザクザクと突かれ、切られ、刻まれる。
 あげくに殴り飛ばされ、踏みつぶされる。

 つらい……。

 向けられる視線は冷たく、双眸に浮かんでいるのは明確なる拒絶。
 だれも受け入れてくれない。
 だれも認めてくれない。
 だれも口をきいてくれない。
 だれも耳をかしてくれない。
 だれも自分の名前を呼んでくれない。
 だれも愛してくれない。
 人も、動物も、地の国という世界すらもが、水色オオカミという存在を否定する。
 たとえ乗っていた船が沈没して、一人きりにて無人島に流れついたとしても、これほどの孤独にはならないであろう。

 くるしい……。

 それでもなんとか足を動かし続けて、ようやく地の国にいる同族の水色オオカミに会えたと思ったら、「ここはオレのなわばりだ。おまえはどっかへいけ」と言われて、またもや拒絶される。

 どこにもボクの居場所がない……。

 もはや顔をあげている気力もなく、うつむきながら、あてもなく歩き続ける水色オオカミの子ども。
 冬の晴れた空のような澄んだ青をしていた毛は、すっかりうす汚れ、色艶を失い、ごわごわと縮れてしまい、足の裏はすり切れ、かかとから血がにじみ、爪も割れてしまっている。
 それでも止まることが許されない。それが天の御使いの勇者の使命なのだから。
 足を引きずるようにして、前へ前へ。
 いつしかまるで先の見えない暗いトンネルの中を歩いていました。
 何も見えない、何も聞こえない、自分がどこに向かっているのかもわからない。
 ついにその足がとまる。
 チカラつき、ふらりと倒れた体。鉛のように重くて、氷のように冷たい。
 まぶたすらも開けていられないほど。

 そんなときです。
 ふわりとやわらかな何かに包まれたかと思うと、凍えていた体がポカポカとしてきました。

 とってもあたたかい……。

 ぬくもり、それは地の国にきて、はじめて知る感覚。

「よくがんばったな。だが、もうよい。わらわの膝の上でゆっくりと休むがよい。なぜなら、ここがおヌシの旅の終着点なのだから」
「ここが……、ボクの……」
「そう。わらわこそがおヌシの探し求めていた者」
「あなたが、あなたのそばが……、ボクの居るべきところ?」
「そうだ。だからこれからは安心するがよい。たとえ世界中のすべてがおヌシを否定しようとも、わらわはけっして否定せぬ。つねにおヌシとともにあろうぞ」

 いつのまにか水色オオカミの子どもは、その茜色の瞳から涙を流していました。
 だから彼には自分を抱きしめている者の顔が、涙でにじんであまりよく見えなかったのです。
 女神のごとき美貌を持つ、プラチナブロンドの女性。
 その表面に浮かんでいた、世界でいちばん残酷な微笑みを。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...