水色オオカミのルク

月芝

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91 悪魔の山のてっぺん

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 大山猫のチャチャ姉さんが、よっこらせと重い腰をあげると、寝そべっていた岩の上からひょいと飛び降りました。
 音もなく着地をきめると、適当なところで後ろの片足をつかって、床をトントン。
 すると彼女の周りの床がぼぅっと光り出し、六角形の模様が浮かび上がりました。

「ほら、この中に入りな」

 言われるままに、おずおずと従うカイロとルク。
 入ったとたんに、足下の光が増したとおもったら、次にはもう景色が一変。
 霧が激しく渦を巻いては、周囲をとりかこんでいます。
 気温がグンと下がったのか、吐く息は白く、呼吸も少し苦しい。
 それをおぎなうために深く空気を求めると、胸の奥までもが冷え込んで、かえって苦しくなってしまう。
 急な環境の変化にとまどうルクとカイロ。
 そんな彼らの前にそびえ立つのは、にぶいかがやきを放っている黒銀色をした真四角の建物。
 石造りなのか鉄なのかはわかりませんが、表面はのっぺりとしており、継ぎ目の類が一切ありません。ルクが水色オオカミのチカラで造り出した氷のブロックにちょっと似ているかも。
 チャチャ姉さんが建物に前足にてポンとふれると、壁の一部が消えて、ぽっかりと穴が開く。
 ズンズンと先へと進む彼女のあとから、あわててついて行くルクたち。

 建物の内部も黒銀一色。柱もしきりもない広間があるだけ。
 室内には何もありません。空っぽの倉庫みたいな場所。
 壁際にある階段を上へとのぼっていく大山猫。
 案内されたのは建物の二階部分。
 そこもまた階下と同じような造りでしたが、唯一ちがったのは部屋の奥にポツンとおかれた四角い棺のような箱。

「わたしは、気がついたらあの箱の中にいたんだよ」とチャチャ姉さん。

 なんでも目を覚ましたら真っ暗な箱の中。
 よいしょと天井を押したら開いて、ヤレヤレと思ったら、こんな殺風景な部屋の中で一人きり。
 で、自分の名前と、ここの番人をすることだけは覚えているけれども、それ以外はさっぱりといった状態だったそうです。
 ここが何で、どういった目的の場所で、誰が造って、何から守るべきなのかということは、まったくわかりません。
 ふつうならば大混乱しそうな状況下なのですが、もとの性格がおっとりしているのか、わからないことを深く考えるだけムダだとの結論に早々に至ったチャチャ姉さんは、「まぁ、いいか」と日々をのんべんだらりと過ごしているそうです。

 話を聞いて、「そんなのでいいのかなぁ」ルクが小首をかしげますと、「だって、わかんないんだもの」とチャチャ姉さん。

「くよくよしたって、だらだらしたって、同じだけ時はすぎていくんだよ。だったら楽しくすごしたほうが、ぜったいにトクじゃないか」

 こんな調子にて完全に開き直っています。
 そんな彼らをほったらかしにして、熱心に箱やその周囲を調べていたのはカイロさん。よくわからない代物だけれども、わからないなりに、これらがスゴイものだとは考えているようで、ペタペタふれたり、ガンガン叩いたり、引っかいてみたりと、いろいろやってみては「へー、ほー」と感心しきり。ついには箱の中に入ってみて、「ちょっとフタを閉めてみて」と言い出す始末。
 せがまれるままに言うとおりにしてあげたら、しばらくして中からコンコンと音がしたので、フタを開けてあげました。
 ひょっこりと顔を出したカイロさん。「おもったよりもずっと快適」との感想を口にしました。
 なんでもフタを閉じると、中全体がじんわりとあたたかくなるそうです。
「そいつは知らなかった」とチャチャ姉さん。彼女とルクも試してみましたが、カイロさんの言うとおり。
 ですが、ここのナゾの解明にはまったく関わりがないので、それっきりです。

 そうこうしているうちに体が芯から冷えてきました。
 ぶるるとカイロさんが身をふるわせたのを合図に、一行は悪魔の山を下りて洞くつに戻ることに。
 とたんにポカポカ陽気となって、ほっとした表情を見せたルクとカイロに、チャチャ姉さんは言いました。

「ほらね? だから言っただろう。あんなところより、こっちの方がよほど居心地がいいって」
「んだな。なんだかスゴイところだったども、アレでは体が凍えるわ、気がめいってしょうがねえ」
「うん。ボクもこっちのほうがいいや」

 水色オオカミと紫の大グモのそんな感想でもって、見学会は終了。
 長いこと神秘のベールに包まれていた悪魔の山のてっぺん。ナゾはさらなるナゾでもって、訪問者たちを出迎えてくれました。
 マジメに考えるだけムダと言ったチャチャ姉さんの言葉も一理あると、いまでは納得しているルク。
 ですが、一つだけちょっと気になることも。

「洞くつの壁画や、光を通す石、てっぺんの建物やチャチャ姉さんのこととか、この山がふしぎの塊だってことはよくわかったけど……。どうしてソレが悪魔だなんて言われるようになったのかなぁ」とルク。

 これには当人も「さぁねぇ」と首をかしげるばかり。「あだ名や異名なんてものは、周囲がかってにつけるもんだけど、こんないい女に悪魔だなんて、ちょっとヒドイよねぇ」

 腰をくねっとして、ちょっとしなをつくり、わざとらしい流し目にてシッポをゆらゆら。お道化て見せたチャチャ姉さん。
 悪魔の山の悪魔のそんな格好に、ついクスクス笑ってしまうルクとカイロさんなのでした。


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