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しおりを挟む子ウシほども大きさのある紫のクモが、せっせと糸を吐き出しては、器用に編み込んで模様をこしらえて、巣をかけていたのは、迷いの森のとある場所。
木々のせいで日中でも、なにかとうす暗い森の中。だけれどもまったく陽が届かないわけでもありません。時間やところによっては、しっかりと光が差し込む瞬間があるのです。
そんな場所を狙ってクモのカイロさんは、自分の作品を設置していました。
慣れた手つきにて、作品を完成させたカイロさん。
「これでよし、と。じゃあ、あとはルク、おねがいするだで」
「うん、わかったー」
水色オオカミの子どもが、チョロロと水を呼び出すと、これを出来たばかりのクモの巣に、そーっとかけていく。
水でぬれたクモの糸。大部分は地面に流れ落ちたけれど、一部が残りました。それらが粒となって糸にいくつもぶら下がる。その姿はさながら小さな真珠のネックレス。
いい感じになったところで、カイロさんが合図をおくり、ルクは水をとめました。
しばらくすると、枝葉のすきまから陽が差し込み、ぬれたクモの巣を照らす。
とたんに全体がキラキラとかがやきだしました。
「うわー、キレイだなー」
シッポをぶんぶんとふってよろこぶルク。ですがカイロさんは気にいらないのか「むむむ」とうなっています。
しばらく迷いの森に滞在することに決めた水色オオカミの子ども。
悪魔の山の洞くつで見た壁画やカイロさんの作品群に刺激を受けて、ちょっと芸術というモノを体験してみたくなりました。
これをよろこんだ森の芸術家、翌日からさっそくいっしょに創作活動を開始したというわけです。
「うーん、ダメなんだな。ちょっと糸と糸との間が、せますぎたようだで。あとどうしても水の粒が下の方にばかりあつまって、上がさみしくなっている。もっと全体がひかりかがやくようにしねえと」
出来にぜんぜん納得がいかなかったカイロさん。おもむろに八本足の一本をブンとふって、作ったばかりの作品をぐしゃり。
森の芸術家は、なかなかにきびしく、中途半端なモノは許せないみたいです。
その後も森に差し込む陽射しの関係にて、あちらこちらへと移動しては、作ってはこわし作ってはこわしのくり返し。
カイロさんの創作熱にあてられて、いつしか作業に夢中になっていたルク。
気がつけば早や陽が落ちはじめて、森にはモヤがたれ込めはじめていました。
芸術に関わっていると、一日があっという間に過ぎてしまいます。
カイロさんは自分の家へと帰り、ルクは滞在している悪魔の山の洞くつへと戻りました。
「おかえり、ルク。どうだったかね? 芸術は」
水色オオカミを出迎えたのは、ひがな一日をここで寝てすごしている大山猫のチャチャ姉さん。いちおうは番人らしいのですが、とくに何もしていません。
「ただいま、チャチャ姉さん。芸術って、とってもたいへんなんだね」
今日一日だけでも、何度も何度もやりなおし。
そしてたとえ完成に至ったとしても、展示場所は外、湿気の多い森の中、突撃してくるチョウチョたち、しかも材料はクモの糸なので、じきにこわれてしまう。
だというのにカイロさんは、それがいいと言う。「おらの作品は、いっしゅんの美を追求するはかない夢」とのことらしいのですが、芸術初心者のルクには、ちょいとムズかしい。
そんな感想を聞いて、ケラケラと笑い声をあげるチャチャ姉さん。
「ククク、カイロのやつも言うようになったね。あの坊やもいっぱしの芸術家になったもんだ。ヘンクツじいさんも、まさか自分の仕事の影響を森の大グモが受けるだなんて、夢にもおもわなかったことだろうよ」
翌日も朝からカイロさんといっしょに、ルクは芸術活動に精を出しました。
だからあっという間に一日が終わってしまいます。
戻ってきた水色オオカミの子どもに、「おかえり」と声をかけた大山猫。彼女は今日もここでのんびりと過ごしていたみたい。
と、なんだか眉間にしわを寄せて、ムズかしい顔をしているルク。
気になったチャチャ姉さんが、どうしたのかとたずねます。
「えーと、ここの壁の絵みたいに長いこと残るのも芸術。カイロさんの作品みたいにすぐに消えちゃうのも芸術。芸術も水といっしょで、いろんな形があることはわかったんだけど……」
「だけど?」
「今日ね、枝にとまっていた小鳥たちに『そんなことして何の意味がある』『腹の足しにもなりやしないのに』『モテるわけでもない』だなんて言われたんだよ」
「ほぅ、それでルクはどう思ったんだい」
「ボクは、なんだかよくわからなくなっちゃった。だってそのとおりなんだもの。カイロさんの作品やここの絵を見て、ボクの心はとってもポカポカになったんだ。だけどトリたちが言ったように、お腹がふくれたわけじゃないし……」
ここでちょっと言いよどんだルク。それを「続けて」とうながしたチャチャ姉さん。
「芸術ってスゴいけど、やっぱりスゴくない? いったいどっちなんだろうって」
シッポをへにょんとさせた水色オオカミの子ども。
芸術を否定することは、カイロさんの努力や活動をも否定すること。そんなことはないと口にするのは簡単です。すばらしいと言うのも。でもそれが本当に必要なことなのかと問われれば、明確に答えることができない。そのことがどうにももどかしくって、ルクは心にもやもやを抱えているのでした。
悩める水色オオカミの子どもに大山猫は言いました。
「それは価値観の相違というやつだね」
「かちかんのそうい?」
「ルクやカイロにとっては大切なモノでも、他の者にはムギやマメの一粒の方がいい。そんなモノは世の中にごまんとあるということさ」
「うーん、そうなのかなぁ」と小首をかしげ考え込むルク。
「あんまり気にするな」とチャチャ姉さん。「ただし、これだけはおぼえておくといいよ。誰かが大切にしているモノを、他人の価値観をかんたんに否定するようなヤツは、はなから信用しないこったね」
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