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66 魔薬
しおりを挟むルヴェール王国の行く末は、もうだいじょうぶ。
そう確信を持ったところで、末の王子は魔女エライザに結婚を申し込んだのですが、あっさりとフラれてしまいました。
「ごめん、じつは私たち、ずっと前からつき合ってたんだよね」
そう言ってエライザから紹介されたのは、彼女の畑をはじめから手伝っていた農夫の若者。
一国の王子、それも次期国王との呼び声も高い美男をふって、ただの農夫の青年を選んだ魔女。
これには末の王子も笑うしかありません。
ですがそんな選択をする彼女だからこそ、きっと自分は好きになったのだろうと、己の想いの一切をのみ込んで、二人を祝福しました。
たいへんで、苦労がたえず、騒がしくも熱く、狂おしい時代が過ぎていく。
体内に魔力を持ち、魔法が使える魔法使い。
姿形こそ人と同じですが、生き物としては違う種族。
魔女の寿命は人間よりも、ずっと長い。
夫が逝き、友が逝き、古い知り合いが次々と逝き、世代がゆっくりと交代していきます。
子どもが逝き、孫が逝った頃にもなると、人々の考え方もずいぶんとかわってしまっておりました。
キレイな服、食べきれないほどのご馳走、温かな寝床、使い切れないほどの金貨、裕福なのが当たり前、さまざまな恩恵を受けるのが当たり前。
感謝の心は薄れ、当たり前ではないことを当たり前だと思ってしまう。
かつては尊敬のまなざしを向けて、頭をたれていた城内の人々も、なにかと口やかましく指図をしてくる賢人を、うとましくおもうようになってゆく。
そして事件は起こりました。
魔女エライザがあえて厳しく規制をかけていた、ある植物を無断で増やす者が現れたのです。
キュバスと言う植物。
花は咲かずに、細長いギザギザのついた深緑色の葉をつけるのみ。葉を乾燥させて粉末にして飲めば、心地よい夢がみられて安眠効果がえられます。副作用もありません。
では、なぜ魔女はこの植物の扱いを厳しく制限していたのでしょうか?
夢の世界とは、とても甘美で居心地のいいものです。
何でも望みがかないますから。
ですが何ごとも過ぎれば、毒となる。
それはクスリとて同じこと。
なまじ体に実害がないからこそ、気軽に手を出してしまう。そして夢に溺れる。
人の心はとても弱いもの。毎日、ちょっとしたことでへこんだり、他人からの何気ないひと言に傷つき、気分が浮き沈みをしながらも、がんばって生きています。
時間とお金をもてあました星の都の住民たちは、しだいしだいに夢の世界へとのめり込んでいきました。
その果てに待つのは現実の崩壊、身の破滅です。
だからエライザは何度も王様や国の首脳陣に、「すぐに取り締まるように」と忠告したのですが、彼らはまるで効く耳をもちません。
なにせキュバスという植物は、手入れが楽で、湿地に放っておいても、ワサワサ生えます。しかもいい値で飛ぶように売れるものですから。
手間暇をかけて、苦労してクスリの材料となる植物を育てるよりも、ずっと簡単でもうかります。
王都周辺の薬草畑が、すべてキュバスの葉で埋め尽くされるようになるまで、たいして時間はかかりませんでした。
かつて夫や友人らと汗水を流して作り上げたモノすべてが、台無しとされたのを目にした魔女エライザは、これをなげいて国を去りました。
こうして賢人を失ったルヴェール王国。
しばらくは景気がよかったのですが、じきにみるみる傾いていきます。
なにせ、みながそろって安易な道を選び、面倒事をきらい、こぞって夢に溺れるのですから。
またお金はあるのに、深く考えることを放棄した人間たちは、悪い連中にとっては格好のカモです。
あちこちからウワサを聞きつけては集まってくる無法者たち。
こうして長い歴史を誇り、かつては星の都として、キラ星のごとくかがやいていた場所は、欲望にまみれた者たちであふれかえる、虚飾の不夜城へと姿をかえました。
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