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100 南翼廓・第二幕
しおりを挟む次の会場へと向かう道すがら。
第一幕の影絵の物語について、わたしたちは話し合う。
「あれって昔、ここであったことを再現した内容だよね?」
「おそらく……ローカルな昔話といったところか」
「ふむ、武士が悪者にされておるのが、いささかけしからんが、優しい娘がちゃんとむくわれたのはよかった」
わたしとジンさんとカクさんが、あれこれ感想や考察を言い合っている間、一枝さんはずっとダンマリ。
もしかしたらさっきの劇の中に、彼女の役も出演していたのかもしれない。なにせ一枝さんは佳乃さまにお仕えしているんだし。
でも何も言わないということは、あえて口をつぐんでいるのか、触れて欲しくない何かがあったのか。
そんなことを考えているうちに、はや南翼廓へと到着した。
見た目や内部の造りは北の廓とほぼ同じ。でも傷み具合はこちらの方が酷くて、白壁の一部が完全に剥がれており、外から中が丸見えになっている箇所があった。
ここでも大広間に通されたけれども、畳敷きではなくて板の間であった。
中央付近に藁で編んだ円座が四つ、並んで敷かれているのも北の廓と同じだが、こちらには舞台が設けられてある。
垂れ幕にて囲われた窓のようなステージ。
長方形にて、ちょうど畳を横にしたぐらいの大きさ。
第一幕の影絵は壁面いっぱいのスクリーンを使っていた。それに比べるとかなり小ぶりである。
――いったいどんな人形劇が披露されるのか?
わたしたちが「どっこらせ」と席に腰を落ろしたタイミングで、舞台袖にあった燭台の蝋燭にぽっと火が灯った。
とたんに、下からひょっこり。
ステージにあらわれたのは、丸みを帯びたヌイグルミ。
デフォルメされた人形であった。
片手にはめて操るグローブパペットだ。
どうやら第二幕はパペットによる人形劇のようである。
その愛くるしい見た目とコミカルな動きに、つい頬がほころぶ。
だが観続けていくうちに、じょじょにわたしたちから笑みは消えてゆく。
なぜなら雰囲気に反して物語の内容が……
〇
幕末から明治へかけての動乱の刻。
長かった武士の世が終わり、新たな時代の幕開け。
だがそれは多くの血と傷みをともなうものであった。
明治新政府より神仏分離令なる法令が布告された。
これは神仏習合の慣習をやめて、神道と仏教をわけ、神と仏、神社と寺院を区別するというもの。
どうしてわざわざそんなことをするのかとえば、強すぎる仏教界の影響力を削ぎつつ、古来よりあった神道を復興させることで、新体制による統治の一助にしようと考えたため。
もちろんそんな世俗的な思惑だけじゃなくて、純粋な信仰から賛同し率先して協力する者たちもいた。
だがなかには法令の意味をかんちがいしたり、都合よくねじ曲げては拡大解釈をしたりする者や、過敏に反応する者などもあらわれ、全国規模で吹き荒れたのが廃仏毀釈運動(はいぶつきしゃくうんどう)である。
時代のうねり、その余波は下出部の里にも押し寄せてきた。
「……以上、神仏分離令に従い、すみやかに対応すべし」
ある日突然のこと。
ちょび髭を生やしたえらそうなお役人が里へとやってきたとおもったら、みなを庄屋の屋敷に集めてそう告げた。
廃仏毀釈運動というものが全国で拡がりつつあるということは、里の者らも風のウワサで耳にしていたが、しょせん自分たちには縁がないもので、どこか遠い異国の話ぐらいにおもっていた。
お役人が帰ったあとで、里の者らは「はてさて、どうしたものやら」とそろって頭を悩ませることになった。
なにせ片田舎のことである。
神も仏もいっしょくたにて、昔からありがたがってはまとめて拝んできた。
それをいきなりやってきて「とっとと分けろ」「仏像を捨てろ」「壊してしまえ」なんぞと乱暴なことを言う。
「どうする?」
「どうするたって、なぁ?」
「でも、そんな罰当たりなことを……」
「しかしあの様子だとしつこくやってきそうだぞ」
「んだ、陰険なヘビみたいな顔をしとったし」
「う~む、これも世の風潮かのぉ」
「とりあえず神社から地蔵とか仏像を移して、どこぞに隠しておくのはどうだ?」
「それでごまかせればいいが……」
「証拠を出さねば納得すまいよ」
「おい聞いたか? 協力しないところには国から援助は出ないって」
「それって見捨てられるってことじゃねえか!」
「俺が隣村の奴に聞いた話だと、逆らったら一家まとめてしょっぴかれるって」
当時、新聞はまだまだ局地的なモノにて全国規模で展開はされていなかった。
現代のようにテレビにラジオ、インターネットやスマートフォンもないから、情報伝達の大部分が人から人への伝聞となる。
そのためつねにいらぬ憶測や尾ひれがついてしまっては、ウワサがひとり歩きをすることもあった。
不安にかられ疑心暗鬼になった里の者たちは、結局、役人の言いつけに従うことにした。
じつはその役人が格好ばかりにて、法令の意味をちゃんと理解しておらず、周囲の風潮に流されていたことに気づくこともなく……
里の者ら総出で片づけられていく咲耶神社。
仏にまつわるモノを片っ端から持ち出す。どちらかわからないモノもいっしょに破棄される。
その様子を境内にある梅林の奥からじっと見ていたのは、神社の祭神である佳乃さまと従者たち。
「おのれ! なんと無礼で恩知らずな。身勝手にもほどがある!」
従者の青年は、我が身可愛さにて平然と信仰を踏みにじる里の者らに憤っており「天罰をくれてやりましょう」と言うも、佳乃さまはただ悲しげに首を横に振るばかり。
〇
第二幕が終了した。
あとには、なんともいえないモヤモヤしたものが残る。
わたしはのそのそ立ち上がると、燭台へと近づき蝋燭の火を消した。
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