203 / 226
202 コロナと赤い奴。
しおりを挟む港街アンクールを囲むハンザキの群れの中から、不意に出現した赤い変異種。その数は五体に及び、それぞれが各方面に散らばってしまった。
《あんまり時間をかけられない。一気にいくぞ》
「了解です」
聞き取れない奇声を発しながら、こちらを威嚇してくる赤いハンザキ。
コロナは銃口を向け問答無用でハチの巣にした。全弾命中、だが奴は倒れない。よく見ると攻撃が表層で止まっており、弾が中まで貫通していなかった。
《おいおい、速さだけでなく強度も三倍増しってことかよ》
「三倍? その計算の根拠は」
《あー、昔っから赤は三倍って法則があるんだよ。それよりもガトリングじゃ駄目そうだから、一旦、武装を解くぞ》
オレはコロナの腕の中から抜け出ると、通常のスーラ形態に戻る。
コロナの両手には愛用の双子剣がすでに握られてある。
赤いハンザキが手で、自身の体に埋め込まれた弾丸をパラパラと払い落とすと、カチカチと歯を鳴らして異音を奏でた。どうやら緑の奴と違って、赤いのは感情表現が豊かなようだ。なにせもの凄く怒っているのが、その姿からも容易に伺えるのだから。
不意に駆けだした奴を迎え撃とうとするコロナ。だが直前になって赤い体が、視界の中より消え失せる。
咄嗟に剣を十字に交差して防御の構えをとるコロナ。
金属に何かがぶつかるような音がしたと思ったら、奴は彼女の脇を駆け抜けて、ずっと後方へと到達していた。
口を半開きにしてこちらを見た奴の金の目が、オレたちを嘲笑っているかのように見えた。
《消えたってワケじゃなさそうだ。一瞬のうちに加速したから、そう見えたのか》
「はい。緩急の落差が一定を超えると、あのような現象になるようです」
《なんとかなりそうか?》
「そうですね……、たぶん」
コロナが赤いハンザキに向かって剣の切っ先を向ける。それをゆらゆらと揺らして見せる。安い挑発だ。だが奴は簡単に乗ってきた。それだけ自分の動きに自信があるのだろう。
オレはこの戦いをコロナに任せることにし、観察に徹して、奴の一挙手一投足に注視する。
前かがみになった赤いハンザキが駆け出す。ここまではさっきと同じ、次に急加速へと転じて奴の姿が消えるはず……、と何を思ったのか、コロナが付近に落ちていた盾をカツンと蹴った。城壁の上は石造りなので、スルスルと床の上を滑るように走る盾。それはコロナと赤いハンザキとを結ぶ直線の、ちょうど中ほどへと向かっていく。
まさに急加速をしようと踏み込んだ奴の足元へと滑り込む盾、それに足を取られてツルっと魚人が転んだ。踏み込む際に込めた脚力が仇となり、盛大に顔面から固い床へとぶつかる。
ゴキリと、ちょっと洒落にならない音が響いた。
自沈し、ピクピクと痙攣している奴にスタスタと近づいたコロナが、その後頭部に刃を振り下ろし、呆気なく勝負がつく。
「……この分では、知能までは三倍になっていなかったようですね」
どうやら、そのようである。
首を失くした胴体に、ブスリと剣の切っ先を刺してみるコロナ。
別に遺体をいたぶっているわけじゃない。肉体強度などを測っているのだ。
「多少は固いですが、この分ならば騎士や冒険者の攻撃も、キチンと当てさえすれば、なんとか通りそうです」
《そのようだな。ガトリングもどきは連射性を目指したから、威力がいまいちなんだよな。ある程度以上の強度を持つ相手だと通用しない、それがわかっただけでも収穫があったか》
「使っている分には楽しいんですけど。それよりも他はどうしますか? あと四体ほどいますが」
《そうだな、念のためにギルドマスターのところに行ってみよう。そっちに報告が上がっているハズだから》
ホバークラフト形態になったオレに跨ったコロナが移動を開始する。
途中、城壁の方も覗いてみたが、こちらは良くも悪くも進展がなかった。
冒険者ギルドに到着するも、そこは半壊していた。
屋根や壁のあちこちに大穴が開いており、酷い有様である。
「おや、あんたらかい? みておくれよ。こいつがいきなり飛び込んできて、このザマさねぇ。どうしてくれるんだよ、これじゃあ、建て直しじゃないか」
ギルドマスターの足元には、見覚えのある赤いハンザキが転がっている。ただし頭部は吹き飛ばされたらしく、首から上には何もなかった。手にしている鉄槌の先がドロリと汚れているところをみると、どうやら彼女が仕留めたようだ。
「それで仕留めたのですか? よくこの素早いのに攻撃が当たりましたね」
太ったオバちゃんの得物を見て、コロナが呆れたように言った。
「素早い? あぁ、それだって室内に入ったら半減さね。何をとち狂って屋根を突き破ってきたんやら。阿呆でよかったよ」
ガハハと豪快に笑うギルドマスター、そんな彼女に向かって文句を言う男がいた。無精ひげのサブマスターである。
「なぁにが、とち狂ったですか。壁をぶち抜いたのも、床を叩き割ったのも、ほとんどが貴女の鉄槌じゃないですか! そいつがやったのは屋根の穴だけですよ。ドサクサ紛れに罪をおっ被せないで下さい」
ヒューヒューと口笛を吹いて誤魔化すギルドマスター。やたらと綺麗な口笛の音色、意外な特技が判明したな。それにしても強いな彼女、どうやら動けるデブの類であったらしい。
二人の掛け合いは見ていて楽しいが、あんまりのんびりともして居られないので、他の赤い奴の情報を訊こうとすると、その場に丁度、騎士団からの報告が上がって来た。彼らの元にも変異種が現れたようだ。だが盾で囲んで集団にて殲滅したとのこと。続いて一級の冒険者からも吉報が届く。こちらは投網を利用して、絡めとってボコボコにしたらしい。モンスターの中には素早いモノもいるから、それらの狩りの経験が役に立ったとのこと。
これでコロナが仕留めたのを入れて四体。残り一体はどこにいった?
「未確認ですが私が知る限り、赤い変異種は五体だったと思われます。あと一体の消息が不明です」コロナがオレの疑問を代弁する。
「見間違い……、なんてことはアンタに限っちゃないか……街中に入り込んでいたら、すぐに連絡が来る手筈なんだが」
「そんな報せはきていません。人魚たちのところじゃないでしょうか」サブマスターの意見に、難しい顔をするギルドマスター。
「それだったらわざわざ壁を越えてまでやってくる意味がない。海から直接向かったほうがよっぽど楽さ。なんだか嫌な予感がするねぇ」
そんなギルドマスターの予感が的中し、防衛戦は次の段階へと移行することになる。
1
お気に入りに追加
359
あなたにおすすめの小説
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
御者のお仕事。
月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。
十三あった国のうち四つが地図より消えた。
大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。
狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、
問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。
それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。
これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
冒険野郎ども。
月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。
あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。
でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。
世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。
これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。
諸事情によって所属していたパーティーが解散。
路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。
ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる!
※本作についての注意事項。
かわいいヒロイン?
いません。いてもおっさんには縁がありません。
かわいいマスコット?
いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。
じゃあいったい何があるのさ?
飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。
そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、
ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。
ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。
さぁ、冒険の時間だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる