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181 俺たちの空
しおりを挟む9800メナレ…………9850…………9900………………
「エレン姫さま、まもなく高度一万メナレ、活動限界領域に到達します」
「そう……船体に異状は?」
「いまのところはなにも。揚力、体勢ともに安定しており、魔導機の出力低下や乱れはみられません。いかがいたしますか? このままいっきに征かれますか?」
現在、完成した新造艦ヒノハカマの試運転中である。
名づけの栄誉は建造に際して多大な貢献をした、星クズの勇者に与えられた。
このたいへんな栄誉を受けて、枝垂が散々に悩んだ末につけたのが「緋の袴」という梅の品種である。
緋袴とは宮中の女官が着用していた紅の袴のこと。
その名をつけられた梅の花もまた色鮮やかでとっても雅である。
目の醒めるような赤い船体には「緋の袴」こそがふさわしいと、枝垂はおもった。
するとこの「ひのはかま」という言葉の響きを、いたくエレン姫が気に入りそのまま「ヒノハカマ」と正式に命名される。
水陸両用である飛空艇ヒノハカマ。
国内にあるハナ湖での湖上航行、島の周辺での近海航行から始まり、低空および通常の飛空艇航路の高度域でのテスト飛行を経て、超高度でのテストフライトをしているところだ。
やや高揚し前のめりとなっている艦長の目はギラギラとしており、他の乗務員たちも声にこそ出さないが「やってみたい」と思っているのが、ひしひしと感じられる。
ともすればその場の雰囲気に流されそうだ。
だがしかし、エレン姫は「うーん」としばし思案ののちに、小さく首を横に振った。
「前人未踏の空の上の、さらにその先へ……。とっても魅力的だけど、いまはまだやめておきましょう」
理論上は問題ない。船大工たちや工房の職人らは本当にいい仕事をしてくれた。いまのところ飛空艇の性能は申し分なく、地球とギガラニカ――ふたつの世界の技術を取り入れたハイブリッドの新型エンジンは、すべてのチェック項目をクリアしている。
設計から製造まで細部にこだわった。
そのすべてを監修したエレン姫には絶対の自信がある。
みんなのおかげであとほんの少し、もうすぐそこまで、ついに手が届くところにまできた。
でも、だからこそ最後の一歩はよりいっそうの慎重を期す。
ここで躓けば、これまでの努力がすべてが泡と消えかねない。
ゆえに、誘惑をこらえて自重せねばならぬ。いわゆる堪えどころというやつだ。
焦ることはない。
空は逃げない。
帰港するという決定に、ブリッジ内にはガッカリした落胆の空気が漂う。
だが、「ふふふ、大丈夫よ。だって空は逃げないもの」とのエレン姫のつぶやきを耳にして、乗務員たちはみなうつむきかけた顔をあげた。
以降、飛空艇の乗務員や関係者らの間で「俺たちの空は逃げない」が自分たちを奮い立たせる合言葉となった。
飛空艇ヒノハカマはゆっくりと旋回し、機首をコウケイ国の島のある方向へと向けると、悠然と戻っていった。
☆
無事に帰港し、専用のドックへと飛空艇を収納してから、あとのことは艦長らに任せて、ひとり城へと戻ったエレン姫であったが、そこで待っていたのはとある情報であった。
「えっ、新たな聖梅樹の種が見つかったかもしれないですって?」
情報はムクラン帝国とコウケイ国との裏のパイプを通じてもたらされる。
なにせ聖梅樹については、まだまだわからないことの方が多い。下手に公開すると余計な横槍を入れる国なんぞもあらわれかねないので、いまだその存在は秘匿されている。
現在確認されているのは、コウケイ国の城と繋がる青の洞窟の先にある、海底大空洞にてハチノヘたちに守られている、第一の聖梅樹。
ムクラン帝国の帝都郊外にある王族の私有地、そこの高い天井が開閉式になっている半地下の飛空艇用の第三ドックにて咲き誇っている、第二の聖梅樹。
原始の星骸との戦いにて滅んだとされる樹人の遺産だ。
大樹らはどちらも枝垂の星のチカラにて開花した。
聖梅樹の復活が何を意味しているのかは、まだまだナゾだ。
けれども、なんとな~くとても大切なモノだという気がする。
それもギガラニカ世界にとって――
これを開花させられるのは、唯一、星クズの勇者である枝垂のみ。
もしかしたら、これこそが自分に課せられた使命なのかもしれない。
そんな風に枝垂自身もちょっと考えているが、使命とかいかにも勇者っぽくてなにやら面映ゆいので、あくまで自分の胸の内にだけ秘めている。
第三の聖梅樹の種が発見される?
という報を受けて、エレン姫は「ちょうど良かった。そろそろヒノハカマの長距離飛行テストをしたいとおもっていたのよ」と言った。
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