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062 吉報? 凶報?
しおりを挟む復帰戦を苦い敗北で終えた枝垂は、飛梅さんに慰められながら帰宅の途につく。
けれども城内の自室へと戻るなり、「まずいことになった!」とジャニスが駆け込んできたもので、ゆっくりと紫黒の雷姫との戦いをふり返っている暇もありゃしない。
……にしても、かつてない狼狽ぶりである。
つねに前線に立ち雄々しく戦う黒ヒョウ女剣士が、いつになく慌てている。
いったい何事かと訊ねようとするも、問答無用で飛梅さんともども引っ立てられた。
連れていかれたのは城内の奥にある一室、星クズの勇者定例会が毎回行われている部屋だ。大きな丸いテーブルが置かれた、ぱっと見には普通の会議室だが、城内でも屈指の防諜設備を誇るという場所。
ここには枝垂も以前に立ち入ったことがある。
星のチカラにて、トレーディングカード付のポテトチップスを召喚できるようになったときのことだ。オマケのカードに描かれたものが具現化するというトンデモ仕様にて、さすがにこれは世に出せないと上層部に判断されて、いまもって極秘扱いされている。
つまり、それに匹敵するほどの大事が起きたということ。
またぞろ危険な禍獣でも出たのか? それとも赤い霧が発生した? まさか、もう新たな星骸が荒野に降臨?
なんにせよ、きっとろくでもないことに違いあるまい。
用意された椅子に腰かけ、ドキドキしながら枝垂が待っていると、お馴染みの定例会のメンバー七人が揃ったところで、いつになく深刻な表情をしていたロバイス王が重い口を開いた。
「……アレが紹介したい女を連れてくるそうだ」
これに枝垂は「ううん?」とおおいに首を傾げる。
ちなみにアレ呼ばわりされたのは、ロバイス王の息子であるラジールのこと。
王太子という立場にありながら、みずからの意思にて中央の連合軍に身を投じ、国の威信を背負って対星骸との戦いの最前線に赴いている人物。四兄妹の長兄にしてエレン姫のお兄さん。
枝垂はまだ面識がないけれども、周囲から話を聞く限りでは頼もしいお兄ちゃんっぽい。
だけれども、エレン姫いわく「ただの脳筋の戦闘狂」と末妹からの評価は微妙だ。
そんなラジール王子が親御さんに紹介したい女性を連れてくる。
……まぁ、そういうことだ。
お目出度い話である。
コウケイ国は小国ゆえにいろいろと緩くて、王族といえども恋愛には寛容ときく。かくいうロバイス王とディラ妃も恋愛結婚だったんだとか。だからよほどヘンテコな相手でなければ、たいていは許容する。
でも、だからこそわからないのは、王様どころか王妃様もエレン姫まで眉間にしわを寄せ、ナシノ女史は「はぁ」と嘆息、アラバン医師は苦笑いにて、マヌカ先生とジャニスは口をへの字に結んでいること。
どうやらラジール王子のお相手とやらに、かなり問題があるようだ。
そこんところ詳しく……と枝垂が頼めばナシノ女史が教えてくれた。
「まず第一に身分がねえ……よりにもよって、そこのを引き当てるとは。いや、聞いたところでは見初められて、向こうから猛アタックをかけられたって話だけど。でも、さすがにこれはちょっと」
ナシノ女史が言い淀んだ理由は、お相手の女性がさる大国の王族の身だから。
王族同士の婚姻なのだから何の問題もなさげだが、忘れてはいけないのがコウケイ国は三十九ヶ国中、ダントツの最下位の小国だということ。
でもってお相手の女性は、ムクラン帝国の王族である。
ムクラン帝国は、中央五ヶ国の筆頭格にてギガラニカ最大級の軍事国家、実質的に国力ランク第一位だ。連合軍の中枢を担い、総本部と最大規模の駐屯地も国内に持つ。
そんな超大国の末席とはいえ王位継承権を持つ女性が、最弱国家に嫁ぐ。
いくら当人同士のことだからといっても、さすがに限度があるというもの。
だがみんながしかめっ面をしているのは、そこじゃない。
みんなの頭をもっとも悩ませていたのは、その女性の現在の立場である。
「王子のお相手ってのがねえ、連合軍の監査部に所属していているエリートさんなんだよ」
そんなキャリアウーマン、今回のイーヤル国で勃発した対赤霧戦での調査団にラジール王子ともども同行しており、遠路はるばる辺境まで足を運んだついでに、彼氏の実家にもご挨拶に伺いたいとのこと。
とはいえ、さすがに出張の途中なので「コウケイ国の勇者からも聞き取り調査をしたい」との名目にて来訪する予定。
めちゃくちゃ公私混同であった!
そして何かと秘密の多い枝垂と監査部の者が接触することに、みんなはおおいに難色を示していたのである。
フム、こいつはたしかにまずいことになった。どうしよう……
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