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024 価値観

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「ひまだねえ」とわたし。
「することがありませんわ」とミヤビ。
「……ままならぬ、未知との遭遇」とアン。
「しかり、元が同じとは思えぬでござるよ」とツツミ。
「是、会話が続かない」とムギ。
「可、会話が広がらない」とベニオ。

 わたしと天剣五姉妹がぼやいていたのは、涅人(クリビト)たちの街で過ごす時間のこと。
 世界の壁を超える準備が整うまでの間、こちらに滞在させてもらっているんだけど、現地人と長く接するほどに、相互理解が深まるのではなくて、むしろ溝がずんどこ深くなっている。
 アリの禍獣クロヅカ。これを人型にしたような容姿をしている涅人たちは、相手の思念を読み、頭の中に直接語りかけてくる種族。
 それゆえに彼らの社会は本音全開。建て前というものが存在しない。
 なんていうか、ちょっと表現はアレだけど、思考がモロ出し状態みたいなもの。
 会話は簡潔にして明瞭。必要最低限の単語を並べるだけ。
 無駄がない。隙がない。行間がない。感情の起伏すらをも排除された情報のやりとり。
 愛想が悪いというよりも、そもそもとして愛想という概念がない。
 それに涅人たちはウソみたいに他者に興味を示さない。
 だから彼らとの交流は、淡々とした質疑応答形式になりがち。
 それもこちらからの一方的な。
 これでは会話が盛りあがるわけもなく、唯一、理解が深まったことといったら「自分たちとはちがう」ということぐらい。

「まぁ、しようがなかろう」黄色い花弁をゆらしながら鉢植え禍獣のワガハイが言った。「同じ言葉を話す者同士ですらもが、思想信条や国がちがうだけで交流がむずかしい。それが世界そのものや、種族をも超えた者同士となれば、争いが起こらぬだけでもめっけもの」

 とどのつまり、「せっかく知り合えたのに……」とかいう考え自体がここでは余計ということらしい。
 うーん、やっぱり異文化交流はむずかしいね。

  ◇

 早々に異文化交流を断念したわたしたちは暇をもてあます。
 するとワガハイが「だったらせっかくなのでお土産でも見繕ったら」と提案してくれた。
 が、ここでまたしても立ちふさがる異文化の断崖絶壁。

『みやげ? 何それ?』

 最寄りの涅人に声をかけて「いいお土産、何かないかなぁ」とたずねた返答がコレ。
 彼らの文化にはお土産という単語や概念がなかった。「何それ?」と問われて、こちらが逆に苦慮するはめに。
 旅先から持ち帰る品、あるいはその土地の産物、もしくは誰かに渡す贈り物などなど。
 わたしたちはいろいろと思いつくかぎりの説明をする。
 その間、涅人は無言。ただ首をわずかにかしげていることからして、たぶんあまりよく理解してはいないっぽい。
 でも、そんな中で唯一、反応を示したのが「土地の産物」という点。

『それなら、ある。ついて来る』

 言うなり歩き出した涅人。案内してくれるらしい。
 うん。基本的には親切なんだよねえ、彼らってば。

  ◇

 涅人が向かったのは女王さまがいる建物の裏手。
 山の麓にある洞窟。
 内部には人の手が入っている。岩肌を削った階段があり、明かりも灯っている。採掘場として、建材などを掘り出している場所みたい。
 ずんずん奥へと進み、ついに最深部へと到着。

『コレ、産物』

 提示されたのは地面から生えた四角い石柱。
 とても自然物とは思えないほどに正確にカドが直角になっている。
 彼らの精緻な建築は、これを活用することで成されていたようだ。
 そんなシロモノが雨後のタケノコのごとく、そこいらからにょっきにょき。
 まるで鉱物の林みたい。なんとも不思議な光景である。
 だけれども、希望していたモノとはちょっとちがう。

「すごい石材だけど、さすがにコレをお土産に持って帰るのはちょっと。たぶんよろこぶのって、ジールンさんだけじゃないかなぁ」

 わたしは染みやむらのひとつもない石柱を前にして嘆息。
 ジールンさんはポポの里に滞在中の神像彫刻師の小さいおっさん。聖都の二柱聖教の本部から派遣されてくるぐらいだから腕はいいんだろうけど、頑固一徹の職人にてこだわりが強いあまり、造っては壊し造っては壊し。
 そのせいでなかなか完成の目途が立たないという困ったおっさんでもある。

「まぁ、でもせっかくだから一本か二本ばかしもらっていこうか」

 ムギの収納空間があるので大きなモノでもだいじょうぶ。
 だからさっそく切り出して……。

「ち、チヨコ母さま。こ、こちらをご覧ください」

 作業をはじめようとしたところで、ミヤビが「ちょっと待った」
 いつもは澄ました物言いの彼女にしてはめずらしく、あわてている。
 ふり返れば、ミヤビが凝視していたのは脇によけられてある砕けた石くれの山。
 採掘途中にて発生した破片を集めてあるようだが、その山がやたらとキラキラしている。
 で、近寄り、ひとつ手にとってみてわたしはびっくり!
 何げに拾ったソレには鮮やかな緑色の宝石がくっついていたんだもの。しかも拳大の!
 まさかと、他の石くれを漁ってみれば、すべてに色とりどりの宝石やら金銀なんぞが大なり小なり混じっている。
 とんでもない量の宝の山に、わたしはあんぐり。
 するとその様子を見ていた涅人がこともなげに言った。

『それ、ゴミ』

 不純物が含まれているから建材としては不適切。ゆえに廃棄されたもの。
 ところかわれば考え方や価値観が変わる。
 あちらこちらと旅をして、わたしとてそれなりに学んだつもりになっていたけれども、こいつはさすがにたまげたぜい。

「これ、もらっちゃっていいの?」

 おうかがいをすれば問題ないとのこと。なので根こそぎいただいた。
 すると他にもまだまだあるという。
 おかげでわたしたちは回収作業におおわらわ。
 いい暇つぶしができた。
 だがしかし、わたしたちが宝の山を前にして「ひゃっほう」とはしゃいでいるとき、事態は大きく動いていたんだ。
 留守中の神聖ユモ国がとんでもないことになっていたんだけど、そのことをわたしたちが知るのは、もう少しあとになってからのこと……。


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