冒険野郎ども。

月芝

文字の大きさ
上 下
183 / 210

183 再起と文通

しおりを挟む
 
 どれほどの時間、ぼんやりと大聖堂の高い天井を見上げ、塩まみれになって床に大の字になっていただろうか。
 ぼそぼそと最初に声を発したのはキリク。

「起点や魔女がどうのとかいう話はさぁ、正直なところオレにはよくわからん。が、これだけは自信を持って言えるぜ。勇者さまってのはやっぱスゲーな! よくもあんなでたらめな連中を相手にして勝てたもんだよ!」

 チカラの差うんぬんの問題ではない。存在そのものがちがいすぎる。
 序盤こそはそれっぽい勝負を演じられたが、それとても喪服の女がこちらに合わせてくれていたから。中盤以降は一方的な展開が続き、挙句に最後は何もできなかった。
 もしも最初から本気を出されていたら、一瞬でケリがついていたことであろう。
 白い少女の実力に至っては想像もつかない。
 そんな彼女らが心酔し、時を超えてまで絶対の忠誠を誓っている魔王。
 これを討伐したという、いにしえの勇者たち。
 何もかもが桁違いにて、あまりにも遠すぎる。

「門というのは、おそらくダンジョン『岩壁王』のことだろう。あの喪服の女は、シドリアヌス王国で行ったのと同等か、それ以上のことをマナジントン島周辺でも引き起こすつもりだったんだ。もしもあの時、キンザ大橋の破壊を許していたら、いまごろ魔王が完全復活を遂げていたのかもしれんな」

 寝転がったままのジーンが、これまで得た情報からそのように推察する。
 俺たちの行動が、魔王復活の計画を未然に防いだ。
 でも白い少女の言葉を信じれば、その結果すらもが新たな物語をつむぐ起点になるということ。
 魔王の完全復活がズレ込む。
 そのことに何らかの意味があるということなのだろうか?
 俺はむくりと起きあがり、あぐらの姿勢にて頭をぼりぼりかきむしる。とたんに髪の毛についた塩がパラパラと周辺に散った。
 なにやら胸の奥がずっとモヤっとしており、イラ立つ。
 己の無力さを完膚なきまでに突きつけられ、思い知らされた。第一等級のアトラですらもが手も足も出なかった。あんな相手、一介の冒険者ではどうしようもない。
 だからしようがない。
 そんなこと、頭ではよくわかっている。
 けれどもカラダの奥底にて熱を帯びた想いが燻っている。
 つい口からこぼれたのは「悔しいなぁ」という言葉。
 そう、俺は無性に悔しかった。これまでの自分の冒険者人生を、これまで積み上げてきたすべてを、共に駆け抜けてきた仲間たちを、そのすべてを否定され踏みにじられたような気がして、どうにも腹が立って腹が立って、悔しくってしようがない。

 俺のつぶやきを耳にしてアトラがうなづく。「まんまとカラダを乗っ取られて、いいように操られてしまった。不甲斐ない。次は勝つ」と自省し、相棒の緑色のスーラは、「その意気だ」とでも言わんばかりに彼女の周囲をぷよんぽよんと跳ねていた。
 キリクは「オレは今回あんまりいいところがなかったなぁ」とぼやく。
 ジーンは「確かに敵は強大無比だ。しかし古代の人々が勝ったということは、討伐するための何らかの手段が存在するということ。少なくとも黒い台座に封印されていたことからして、間違いあるまい」と前向きな意見を述べる。
 なんとも逞しく、頼もしいヤツらであろうか!
 どいつもこいつも、圧倒的なチカラの差を見せつけれて、死にかけたっていうのにココロがちっとも折れちゃいない。
 だったらリーダーである俺がいつまでも膝を屈し、うつむいている理由なんてありやしない。
 俺は勢いよく立ち上がると、ズボンについた塩を払いながら全員に告げた。

「今回は負けた。悔しいが完敗だ。だが俺たちはまだ生きている。だから本当の意味では負けてない。俺たちの行動が『起点』となる? 上等だ! せいぜい暴れまわって、引っかき回して、こっちを見下している連中の鼻を明かしてやろう」

 ひょいと立ち上がりながら、キリクがにへらと笑みを浮かべる。

「キシシシ、そいつはいいねえ。道端の石ころでけっこう。石ってのはアレでいろいろ使い道があるもんさ。それに時にはブーツに紛れ込んだ小さな石の粒が生死を分けることもある。せいぜい性質の悪いイタズラを仕込んでおいて、主役たちが舞台にあがったときに、慌てふためく姿を見物してやるとしようか」

 ジーンがゆっくりと腰を上げ、メガネのズレを指先でクイとなおす。

「わたしは戻ったら勇者関連について調べてみるとしよう。事情が事情ゆえにヴァルトシュタイン王も王家が秘匿している資料の開示にも応じるだろう。ひょっとしたらその調査の過程で、蒼界の魔女についても何かわかるかもしれん。なんにせよ自分の知らないところで勝手をされるのは、あんまり気分のいいことではないからな」

 アトラは大剣をぶんぶん振り回し「次は絶対に斬る!」と勇ましい。
 足下でちょろちょろしているお供の緑色のスーラについては、まぁいいか。

  ◇

 地上へと戻り、シドリアヌス王国の城を出て、街を抜け不落の門を目指す一行。
 訪れた時も静かではあったが、いまはその時以上に寂然としている。
 本当に誰もいなくなってしまったのだから当然といえば当然なのだが。
 やたらと反響する自分たちの足音を気にしつつ歩いていると、ふいにジーンが「あぁ、なるほど。そういうことか」と言い出した。

 ジーンが気づいたのは、この王国のカラクリについて。
 王国の地下や城壁内部に張り巡らされてあるという機具。
 それらによって不落の門には絶えず、反転の魔法が重ねがけされてあったのだが、その元となる魔力の供給源こそが、あの地下の大聖堂にて黒い台座に封印されてあった魔王の剣「イネイン・ブレイヤール」であったのだ。
 彼女自身の膨大な魔力を吸いあげることで弱体化させるのと同時に、奪った魔力にて封印の維持や、この地の防衛や運営を行っていた。
 供給源が消えてしまったことによって、すべての機具も機能を停止。
 この都は二つの意味にて、完全に息絶えたことになる。

「封印する対象を利用するとは、ウマい方法を考えたものだな」と感心するジーン。
 一方でキリクは「すごいけど、その発想がオレはおっかねえよ」と唇をとがらせる。

 対照的な感想を口にした二人。
 彼らの会話を聞き流しながら、意を決した俺はアトラに声をかける。
 話しの内容は結婚うんぬんについてのこと。
 ぶっちゃけアレはその場しのぎにて、彼女の呪縛を解くために吐いた偽りの愛の告白。
 ヒドイと責められても言い訳のしようもない、卑劣極まりない行為。
 それでも一度吐いた言葉だからという理由だけで、いっしょになるというのは何だかちがう気がする。
 真剣に好意を向けてくれる相手に対して、それは失礼であり、誠実でもない。
 だから俺は自分の心情を正直に打ち明け「ラナとのこともあって、いまはまだ結婚とか考えられない。すまない」とあやまり、深々と頭を下げた。
 するとアトラは「いいよ、もとより長期戦は覚悟の上だから」と答え「でも乙女心を弄んだ罰として、今後は文通に応じること」とつけ加えた。
 文通、ようは手紙のやりとり。
 まぁ、それぐらいで勘弁してもらえるのならばお安い御用だと、あまり深く考えることもなく了承したこの時の自分を、俺はのちのちひどく後悔することになるのだが、それはまた別のお話。


しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

とある中年男性の転生冒険記

うしのまるやき
ファンタジー
中年男性である郡元康(こおりもとやす)は、目が覚めたら見慣れない景色だったことに驚いていたところに、アマデウスと名乗る神が現れ、原因不明で死んでしまったと告げられたが、本人はあっさりと受け入れる。アマデウスの管理する世界はいわゆる定番のファンタジーあふれる世界だった。ひそかに持っていた厨二病の心をくすぐってしまい本人は転生に乗り気に。彼はその世界を楽しもうと期待に胸を膨らませていた。

「お前のような奴はパーティーに必要ない」と追放された錬金術師は自由に生きる~ポーション作ってたらいつの間にか最強になってました~

平山和人
ファンタジー
錬金術師のカイトは役立たずを理由にパーティーから追放されてしまう。自由を手に入れたカイトは世界中を気ままに旅することにした。 しかし、カイトは気づいていなかった。彼の作るポーションはどんな病気をも治す万能薬であることを。 カイトは旅をしていくうちに、薬神として崇められることになるのだが、彼は今日も無自覚に人々を救うのであった。 一方、カイトを追放したパーティーはカイトを失ったことで没落の道を歩むことになるのであった。

処理中です...