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173 不落の門
しおりを挟む洞窟を抜けた先は、四方がすべて山で埋め尽くされていた。
切り立つような厳しい傾斜、見上げた先にある頂には万年雪。
大きなすり鉢状になった土地は荒野のようにて、ときおり山肌を滑り落ちてくる白い風が寒々しい。
すり鉢の底に赤い建造物がある。
垂直に高くそびえる堅牢そうな壁は一面が赤い。けれども絵画などで用いられる鮮やかな赤ではなく、赤身を帯びた石を砕いて水で溶いたかのような鈍い赤にて、血が凝り固まったカサブタを連想させるもの。
上から見れば五角形の形状をしているという、シドリアヌス王国唯一の都にして王都。
大きさは辺境都市トワイエより二回りは小さい。
ここが俺たちの旅の目的地……。
◇
城門を目指し荒地をゆく。
歩きながら目を凝らし、壁の上の方をじっと見つめていたキリクがぼそり。
「見張りらしき者の姿がない。いくら壁と結界に自信があっても、仮にも王都を名乗っているんだから、最低限の警備は配置してあるはずなのに」
話しを聞いて俺は、ヴァルトシュタイン王の杞憂が当たっているのかもしれないと思った。内心にて警戒をいっそう強める。
一行はじきに城門前へと到着。
高い壁のわりに小さな青銅の門。地方の貴族の屋敷の玄関扉ほどしかない。
ふつう王都ともなれば高い壁に大きな門にて威容を示すもの。だがここでは門は権威の象徴ではなく、ただの門としての働きしか求められていないようだ。
「まるで罪人どもの収容所みたいな造りだな」とジーンは言った。「そしてこれが名高き不落の門か」
不落の門。
一切の虚飾を配した小さな門は、見た目とはちがい特殊な機具。
その機能によって、過去から現在に至るまで、なんぴとたりともこの門を破った者はおらず、シドリアヌス王国の守りの象徴でもある。
難攻不落が高じて、いつしか不落の門と呼ばれるようになったとか。
「確か資料には『反転の魔法』がどうのと書かれてあったな」
門を前にして俺は自身の記憶を探る。
反転の魔法というのは、簡単に言えば押したら押した分と同じチカラにて押し返されるというもの。
物理攻撃だけでなく、魔法攻撃でもこの反転は機能するらしく、そのせいでこの門を突破するのは至難とされている。
通常、物質に宿らせた魔法の効果は時間の経過とともに薄れていく。
だから絶え間なく攻撃を続けていれば、いずれは押し切れると思われがちだが、そこにこそ、この門が不落たる理由がある。
詳細は不明ながらも、壁の内部や都の地下には機具がひしめき合っており、反転の魔法の効果が薄れ始めると、それらが作動して自動で魔法の重ねがけを行うのだ。
これにより効果が持続され、門は不屈を貫く。
数十万もの大軍勢にて七日七晩攻め続ければ、あるいは打ち破れるかもしれないが、それを許さないのがここの険しい地形。
遠征を強行する将軍なり王さまがいたら、そいつはよほどの無能であろう。
で、この度、アトラが使者として遣わされたのは、彼女ならばあるいは門を破れるかもと王さまが考えたから。
依頼を受ける際に「やるだけやったのならば、いっそ諦めもつくし、対外的にも面目が立つであろう」とヴァルトシュタイン王は笑っていた。
けれども俺たち三人はその言葉を鵜呑みにはしていない。
伊達に二十年近くも冒険者稼業を続けてはいない。
おそらく王さまはすべてを話していない。何かを隠している。
というのが、おっさんたちの率直な印象。切り札である第一等級冒険者を放つだけの理由が、今回の依頼の裏に潜んでいるとの見解で一致。
旅の途中、それとなくアトラに探りを入れてみるも、彼女自身も詳細は知らされていないことだけは判明した。
外界と隔絶された僻地。
異様な堅牢さといい、いったいシドリアヌス王国には、どのような秘密があるのだろうか。
◇
不落の門を前にして大剣をかまえたアトラ。
腰をやや落とし、しばしの溜めののちに横一文字にふり抜く。
放たれた斬撃にて、門だけでなく周囲の壁がふるえた。
轟音とともに衝撃波にて盛大な土煙が発生し、視界を埋め尽くす。
かと思えば、その土煙がシュバッと切り裂かれた。
門に付与された反転の魔法が発動し、斬撃が跳ね返されたのだ!
アトラが伏せてこれをかわす。
俺たちもあわてて地面に伏せた。その頭上を斬撃が通り抜け、やや後方の地面をばっくり割る。
深々と底が見えない裂け目を覗き込み、キリクが「おっかねえ」と声をあげた。
だというのに不落の門は健在。
傷ひとつついていない姿を見て、おっさんたちはすっかり諦めムード。
けれどもアトラはケロリとした表情にて「……いまので三割ぐらいのチカラ。じょじょに上げていく」と口にする。
ふたたび不落の門と向き合う女剣士。
あとの展開を想像し、真っ青になった俺が「ちょ、ちょっと待て!」と叫ぶも少しばかり遅かった。
立て続けにふるわれる剣の風切り音によって、すべてがかき消される。
そして吹き荒れる斬撃の嵐の中を、おっさんたちと緑色のスーラは逃げ惑うことになる。
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