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152 岩壁王
しおりを挟む形も色も大きさもまちまち。
不揃いの石に埋め尽くされ、おぼつかない足下。
顔をあげれば風に磨かれ、ぬめっとしたテカリを持つ丸みを帯びた大岩が点在している景色。
石の川と呼ばれる傾斜を慎重に登っていく。
ときおり吹く谷風が強い。
地形を駆け抜けるたびに獣のごとき咆哮をあげ、細かな砂利を運ぶ。
風を受けるたびに羽織っているマントの裾が暴れ、パチリパチリと音を立てた。
「本当にこんな不便なところを出入りしているのかねえ」
歩くのもひと苦労な地面の様子に、キリクが首をひねっている。
「確証があればわざわざこっちに話を寄越さないだろう。情報の怪しさも織り込んでの調査依頼じゃないのか」
周囲を警戒しつつ俺は額の汗を拭う。
両脇にそそり立つ岩壁はほぼ垂直。進むほどにせばまっていく道。まるでふたつの壁にじりじりとはさまれているかのよう。見上げた先には細長く切り取られた空。不毛な景色と相まって圧迫感を受ける。どうにも息苦しい。
「フィレオの言う通りだ。おそらく父は偽情報である可能性も視野にいれて、わたしたちに依頼を出したのだろう。というか、わたしたちを泳がして相手の出方を見る魂胆かもしれんな」
実の父親から囮に使われたというのに、ジーンは特に気にした様子もない。
これにキリクは肩をすくめて見せ、俺は苦笑いを浮かべた
◇
石の川は上へと行くほどに細く右へ左へと曲がりくねっていた。
それを抜けたとたん、視界に飛び込んできたのは巨大な石像の威容。
夜明け前に街を出発したというのに、ダンジョン「岩壁王」へと到着したときには、すでに陽が暮れかけていた。
谷間の陰影の中に浮かぶ石像。
俺の目には黒づくめの巨人が地の底でぼんやり立ち尽くしているように映る。
岩陰から「岩壁王」の様子を伺う。
石像の左足、つま先部分脇にある入り口に人影はない。
キリクが斥候として影に紛れて先行。
野営のあとを発見するも付近に人の姿はなく、気配も皆無。
そこで俺たちは用心しつつ、ダンジョンへと足を踏み入れることにする。
内部は整った石造り。天井には光源もあって、夕闇が終わる時刻にも関わらず視界は良好。
薄っすらと床に積もった砂埃には、多数の人物が奥へと進んだ痕跡。
キリクが片膝をつき「どれどれ」と調べ始める。
「人数はざっと三十前後ってところか。足の大きさや歩幅からして、男と女が交じっているな。でも足の運びがてんでバラバラ。すり足気味にて慎重なのが冒険者、こっちのしっかり踏みしめているのは傭兵の類だろう。しかし大半は堅気っぽいな。だが……問題はコレとこっちのやつだな」
数多の痕跡よりキリクが注視したのは二つ。
一つは石材と石材のつなぎ目、浅い溝が走っている箇所にあった。
よくよく見れば小さなくぼみのようなモノがついている。まるで先の尖った細い杭を突き立てたような跡。教えてもらわなければ、まず気づけないシロモノ。
俺とジーンがふしぎそうな顔をして眺めているとキリクは言った。
「ぱっと見では何かわからないだろう? これは暗殺者がよく履物のつま先やカカトに仕込んでいる『トゲ』と呼ばれる突起物の跡さ」
小指の先ほどの出し入れ自由な突端部分。
隠し武器として毒を仕込んだり、どこぞに侵入する際に活用することで足跡を残さなかったり。
そんなモノをダンジョン内を歩く際に平然と使いこなしている時点で、かなりの技量の持ち主。
説明を聞いて俺の脳裏に浮かんだのは、キリクに接触してきたという女のこと。
あえて口には出さなかったが、キリクも同じだったらしく「たぶんこいつはウルリカのだ。あいつはここにいる」
しかしキリクがより気にしていたのは、もう一つの方。
素人目にはごくふつうの足跡にしか見えない。
だがその沈み具合が薄紙一枚程度にて、枠がブレることもなく、つねに均一で判を押したかのよう。キリクによれば完全に重心やチカラの制御が成されないとムズカシイ状態にて、おそらく集団内にて一番の腕利きはこの足跡の持ち主であるとの見解であった。
「となれば父の言っていたように、ますますわけがわからんな。陰謀を巡らし忙しいさなかだというのに、そんな凄腕二人が素人をぞろぞろ引き連れて、こんなところにいったい何の用があるというのだ?」とはジーン。
こんなところとは散々な言い草だが、それも無理からぬこと。
なにせダンジョン「岩壁王」には旨味がない。
まず宝物の類は一切出ない。採取できるモノもない。
出現するモンスターは次階へと通じる部屋にいる階層主のみ。すべて岩系のゴツゴツした体表をしており、せめて希少素材でも含まれていればよかったのだが、それもなし。
固く重く鈍く頑丈なだけ。あげくに苦労して討伐したところで解体作業は骨が折れ、ロクな魔石も採れやしないとなれば、誰が好き好んで相手をするものか。
しかも上の階へと進むだけならば、階層主を無視して駆け抜けることも可能なザル具合。
でもこれは通常ではありえない仕様でもある。
ダンジョンは特殊な生命体。
様々な恩恵を用意することで、外部から生き物を己の体内に誘い込み、魔力やら生命力やら死体やら、その他いろいろを吸い取っている。
利点がなければ客は寄りつかない。客が来なければダンジョンの腹も膨れない。
だというのに「岩壁王」は特に衰退することもなく、変わらずあり続けていることから、「もしかしたら、ここはダンジョンとはちがう別の何かなのかもしれない」という説もあるんだとか。
ジーンからそんな説明を受けつつ、俺たちは奥へと進んでいく。
ダンジョン内部は小部屋が多く、やや入り組んでいるものの、先に侵入した連中の跡を辿るだけでいいので迷うことはない。
じきに二階へと通じる階段がある広間へと到達。
足を踏み入れる直前、鼻孔に飛び込んできたのは濃厚な血の香り。
俺たち三人は反射的に武器を抜き、戦闘態勢へと移行。
しかし討伐すべき階層主は床に倒れており、ピクリともしていなかった。
念のためにと確かめてみたが完全に息絶えている。その証拠に骸の一部がダンジョンへと吸収され始めていた。
おそらく先行している集団に討伐されたのだろう。
ニオイに惹きつけられるように視線を動かした先には祭壇。わずかにせり上がった台座には棺ぐらいの大きさの四角い石の箱が安置されてある。空っぽにて何も入っていないとの話だが……。
用心しつつ、キリクが近づく。
中をひと目見て、キリクは呻き声をあげた。「ひでえ」
俺とジーンも覗き込むなり、表情を曇らせる。
箱を満たすのは鮮血。
そこにバラバラにされた人体が乱雑に詰め込まれてあった。
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