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071 絡め手
しおりを挟む淡々と己の身の上話を語り終えたフェンホア。「なぁに、身分差のかなわぬ恋など、この国ではよくある話ですよ」と言葉を結ぶ。
たしかに物語とかお芝居ならばありえそうな話。
けれども実際に当事者がいて存在する話でもある。
もしも自分だったら……。
想像すると、どんな顔をしていいのかわからない。あまりにも切なすぎる。
わたしはちょっと泣きそうになった。
細目にてわたしを見つめていたフェンホア。わずかに目尻を下げて笑みを浮かべる。
「申し訳ない。あなたにそのような表情をさせたかったわけではなかったのです。ただこの国の正体を知っておいてもらいたかっただけなのだが……。おや? そろそろあちらもケリがつきそうですよ」
選定の儀、決勝戦。
コォン対グアンリーの試合。
絶不調にて不自由なカラダなりに、どうにかコォンの槍の猛攻をしのいでいたものの、ついに限界を迎えたグアンリー。愛用の両手剣をはじかれて、バンザイの態勢となったところに胸元へ槍の石突による強烈な一撃をもらう。派手に吹き飛ばされ円形の石舞台から落下。気を失ったままピクリともしなくなる。
「おやおや、剣の母殿の読み通りになりましたか。これはどうやら計画は二番で進めることになりそうですね」
フェンホアのつぶやきを耳にして、わたしが「計画?」と首をかしげるも、彼は「いえ、こちらの話ですので、どうぞお気になさらずに。それよりも、ほら、みながお待ちかねですから、勇者のつるぎを」と促す。
試合終了後。勇者のつるぎミヤビ自らが、優勝者が己の持ち主にふさわしいかどうかを審判し、それをもって選定の儀は閉幕となる。
これは当初より決まっていた予定。
だからわたしは言われるままに懐から白銀のスコップをとりだし、「じゃあ、ミヤビ、あとはお願いね」と送り出した。
「おまかせあれ、チヨコ母さま。バッサリ切り捨てて、すぐに戻ってきますわ」
断る気まんまんのミヤビ。ピカッと白銀の大剣姿となり、ビューンと勝者が待つ場所へと飛んでいった。
◇
石舞台中央。
切っ先を下に向けたかっこうにて、悠然と宙に浮かぶ勇者のつるぎ。
これを前にして片膝をつき、槍を脇に置いてかしずく優勝者コォン。
観衆たちは静まり返って、これからどうなるのかと固唾を飲んで見守っている。
ミヤビがまずは健闘を称える言葉を口にしようとした矢先のこと。
変事は起きた!
舞台の石畳がいくつも跳ね上がって、奥から姿を見せたのは沼色の衣装と白い仮面をかぶった賊たち。かつてヨトの河にて使節団を襲撃してきた者たちである。
その数三十二。
一斉に手より放たれたのは、禍々しい赤色をした鎖分銅。なにやら魔法による呪が込められているらしく、四方八方より飛んできた鎖が吸いつくように迫り、グルグル巻きに絡め取られたミヤビ。
とたんにズシリと身が重くなり、動きを封じられてしまう。
けれども超常のチカラを持つ天剣(アマノツルギ)であるならば、こんなもの!
ミヤビがすぐさま剣身をふるって、拘束を解こうとするも、その動きはすぐに止めることになった。
襲撃があったのと同時に槍を手に立ち上がったコォン。
賊に立ち向かうのではなく、鋭い穂先を向けたのは勇者のつるぎ。
コォンはミヤビに告げた。
「おとなしくしていろ、勇者のつるぎ。さもなくば、おまえの大切な『剣の母』が死ぬことになるぞ」
物理的な鎖だけでなく、心理的な鎖にも絡め取られたミヤビ。「しまった」と悟るも時すでに遅し。
「おのれっ、なんと卑劣な! あぁ、チヨコ母さま……」
◇
会場の異変に気がついて席を立ちかけたわたし。
その首筋にヒヤリとした冷たい感触。
フェンホアが手にした短刀である。
ここにきて、いかに鈍いわたしでも察した。
どうやらずっと彼の手の平で踊らされていたらしい。
ミヤビがわたしの手元から完全に離れる、この瞬間をずっと狙っていたんだ。
「……ところで聞きたいことがあるんだけど」
「なにかね、剣の母チヨコ殿」
「ホランとカルタさんはどうしたの? まさかとは思うけど」
「ふふふ、心配しないでくれ。当て身を喰らわせて眠らせただけだから。あの二人にはまだまだ利用価値があるからね」
「ひょっとして、わたしの動きを封じるため、とか?」
「ご明察。聡明なお嬢さんだ。やはりきみはおもしろい。でもそれだけではないよ。なにせ相手は伝説の天剣だからね。用心に用心を重ねさせてもらった」
フェンホアより教えられたのは、ずっと行方をくらませていた帝国の工作員を率いているであろう、ナゾの男のこと。
いくら聖都中を探しても見つからないわけだよ。
なんと! ナゾの男は工作仲間を率いて、ポポの里へと向かったんだそうな。
目的は、もちろんわたしの動きを封じて言うことを聞かせるため。
「逆らえば里に火を放つ手筈になっている」と告げられた。
やられた……。
わたしの身柄がミヤビの枷となり、ホランとカルタさんがわたしの枷となる。里をも人質にとったのは、その枷をより太く強固とするため。
小娘相手に手抜かりなし。
あまりの用意周到ぶりに、感心するよりもあきれるほど。
そんなわたしにフェンホアが言った。
「剣の母チヨコ殿。きみにはわたしといっしょに海を渡ってもらう」
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