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1026 アブダクション
しおりを挟むあれから五日が経った。
傾星の儀により起きた喧騒はいまだ冷めやらず。
いまのところ大きな被害報告こそは挙がっていないものの、世界中がてんやわんや。
えらいさんたちも騒動の火消しに躍起になっている。
そんなさなかのこと、静かに打ち切られたのは、せのうみドームでの行方不明者の捜索であった。
もっとも探そうにもすべてがマグマに呑み込まれてしまい、煮えたぎる灼熱の湖の底に沈んだので、ほとんど出来ることはなかったのだけれども……。
結局、尾白四伯の行方はわからぬまま。
聚楽第の残党らは混乱のどさくさにまぎれて、ちゃっかりシリウスを回収し、シレっと姿を消してしまった。
意気消沈にて尾白探偵事務所チームの面々は帰路につく。
◇
帰りの道中は誰もが無言のまま。
なかでも特に憔悴していたのがタヌキ娘の芽衣である。
いつもならば軽く十個はたいらげる駅弁なのに、食べたのはたったの七個だけ。
心配してタエちゃんやトラ美が話しかけても上の空、いちおう零号がバイタルなどをチェックしてカラダの方に異状がないことはわかっていたが、日頃の元気っぷりを知るだけに、心神喪失が危ぶまれるところ。
ブーブーブーブー……。
マナーモードにて震えるスマートフォン、取り出して画面を見るなりタエちゃんは「げっ」
相手は芝生綾である。
怪盗ワンヒールや安倍野京香らの手引きにより、いち早く窮地を脱していた彼女は、先に高月へと戻っていた。
ひと足先に日常へと戻った女教師、だがそこへ伝えられたのが世界規模での天変地異および、彼の地で起きた異変である。
あそこには自分の教え子たちがいた。生徒たちの身を案じては、こうして頻繁に電話をかけてきていたのだ。
けれども芽衣はちっとも電話に出ないし、保護者である尾白四伯とも連絡がつかない。芽衣の実家の方に尋ねたら応対した祖母が「あー、生きてるから心配ない。放っておけばいい」という素っ気ない返事にて、女教師は呆れた!
そこでお鉢が回ってきたのがタエちゃんのところという次第である。
しかし金髪リーゼントのヤンキーヘビ娘は、根が正直者であるがゆえに、この手のごまかしがあまり得意ではない。ウソが下手なのである。だからしどろもどろとなって、かえって女教師を不安にさせるという悪循環に陥っていた。
でもって芝生綾はとても生徒想いのいい先生だから、へこたれない。熱心さと執拗は紙一重。
根負けして渋々電話に出たタエちゃんは汗をかきかき、当たり障りのないことを口にしては政治家みたいな答弁に終始し、最後は「いま帰っているところだから、じゃあね」と言って電話を切った。
この分だと帰って早々、ひと悶着もふた悶着も起こりそうにて、タエちゃんは「はぁ」と嘆息し、うなだれた。
◇
京都駅にて新幹線を降り、阪急電車にて高月へと向かう。
夕方前の半端な時間帯なので車内はガラガラだった。
流れる車窓をぼんやり眺めていると、ところどころ、屋根にブルーシートを被せてある姿が目についた。崩れたブロック塀などもあった。
どうやらアレの影響らしい。
地域にもよるが、だいたい震度五から六ぐらいの揺れが起こったそうな。
被害は軽微とはいえ、まったくの無傷とはいかなかったようである。
高月の駅に着いた。
本来ならば、ここで解散となるのだが芽衣があんな調子なので、とてもではないが放っておけない。
だからタエちゃん、トラ美、零号はいましばらく彼女に付き合うことにする。
すると芽衣がふらふら向かっていたのは、自分のマンションの部屋ではなくて、探偵事務所がある雑居ビルであった。
見慣れた高月中央商店街を抜けて行く。
その途中のこと、「あれ、芽衣ちゃん。いま帰り?」と声をかけたのは、制服姿のメガネっ子である。芽衣とタエちゃんの共通の友人である山崎美和子だ。
山崎美和子ことミワちゃんは生粋の人間にて、芽衣やタエちゃんたちの正体を知らない。ゆえに今回の遠出も「実家の用事でしばらく留守にする」とか適当を伝えてあったのだけれども。
ミワちゃんと会うなり、芽衣の顔がくしゃり。
「うわーん、ミワちゃーん、四伯おじさんが、四伯おじさんが」
仲良しの友人という日常に触れたことで、ついに芽衣の中で張り詰めていたモノがぷつんと切れてしまったのである。
いきなり抱き着かれて、泣きじゃくられたミワちゃんはビックリするも、これをしっかりと抱きとめ「よしよし」と頭を優しく撫でた。
けれども「はて?」と小首を傾げる。
「尾白さん? 尾白さんならついさっき、幸蔵から出てくるところを見かけたけど」
商店街にあるケーキショップ「幸蔵」は、ナゾの外国人パティシエールが作る洋菓子が絶品。どれも人気だが特にシュークリームは、はじめて手にした者がみな「うわっ、重っ」とおもわず目をみはらずにはいられないほどにクリームたっぷんたっぷん。
別名クリーム爆弾とも呼ばれており、おいしいけれども食べるときには注意しないと危険。大惨事に見舞われる悪魔仕様である。
そしてこの「幸蔵」なのだが、じつは――。
(※気になる方は『第437話ポンポン山』前後のエピソードを御覧ください)
泣きついた友人の口から、いなくなったおっさんを見かけたと言われて、芽衣たちは揃って「「「はぁあぁぁぁぁぁぁ?」」」と素っ頓狂な声をあげた。
さっきまで泣いていたとおもったら、芽衣がいきなり駆け出したもので、タエちゃんとトラ美と零号も慌ててこれを追いかける。
ひとりぽつんと置いてけぼりとなったミワちゃんはわけがわからず、きょとんとこれを見送った。
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