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1018 マンモスとタヌキ 破
しおりを挟む猛然と迫る圧力は見上げるほどもある大きな山のよう。
最後のニホンオオカミである蛾舎泰造と対峙したときにも、似た感じを受けた芽衣であったが、同じ山でも雰囲気がまるでちがう。
蛾舎泰造のそれは青々とした夏の草木萌える山のようであったのに対して、ウルのはただただ険しいばかり。
切り立った断崖絶壁、剥き出しの岩肌、植物の姿はほとんどなく、頂付近がつねに霞み、雪と氷に閉ざされており、激しい気流が渦巻き凍えるような山風が吹きつけ、何人も寄せつけない峻嶮(しゅんけん)なる山並み――。
ガンッ!
同時に繰り出した拳がぶつかり鈍い音が響く。
ガンッ!
すかさずもう一方の腕が振るわれ、またもや拳が重なった。
ガガッ!
三打目、音の響きにわずかながらの変化が生じる。
打点がズレたせいで、拳に十全の威力が乗らない。
「くっ」
つい悔しげな声を漏らしたのは芽衣だ。
威力では対抗できるのに、踏ん張るチカラの差によってどうしても競り負ける。
やや押し込まれたせいでフォームが乱れ、間合いが狂って、拳にスピードが乗り切れなかった。
けれでも続く四打目にて、「なっ!」と動揺したのはウルの方である。
このままいっきに押し切るはずが、あろうことか押し返されたからだ。
芽衣は全身にまとっていた蒼光を両腕に集約させる。
そうして拳打の回転数をあげた。
一打で止められないのならば、二打で。二打でダメなら四打でという具合に、足りない分を速度と精度により補う。
高速拳によるピンホールショットにて、ウルの巨人のごとき大きな拳に対抗する。
芽衣の左右の腕が振るわれるたびに、まとう闘気の残光が尾となりたなびき、まるで翼をはためかせているかのよう。
「こしゃくな!」
ウルもまた攻撃のギアを一段階あげた。連撃を繰り出し、なおかつ拳の軌道に変化をつける。ストレートにフック、アッパー、打ち下ろしなど多彩なパンチを織り交ぜ、激しく攻め立てる。
だが攻め切れない。
ひたすら拳で殴り合う状況。
威力のウル、速さの芽衣、双方ともに一歩も引かず。
ガガガガガガガガ……。
連なる衝突音がたちまち百を超えた。しかし勢いはまるで衰えず。むしろより苛烈になるばかり。
両者の意地が真っ向からぶつかり合う。
これにより戦いはついに千日手に陥るかとおもわれたのだが、ここで芽衣が「げほっ」と吐血する。先にやられたダメージによるもの。ずっと我慢していたのが、ついに限界を迎えたか。
とたんにカラダが揺れて、拳が失速する。間断なく続いていた攻撃の流れが途切れた。
この好機を見逃すほどウルは甘くない。
「粘ったが、これでしまいだっ」
ぐらりと前のめりになったタヌキ娘をひと息に屠らんと、ウルの右の拳が振り下ろされた。のしかかるようにして落ちてきた拳が、獣人化によりマンモスの前足裏へと変わり、勢いのままに豆タヌキを踏み潰そうとする。
頭上高くより迫る一撃。
もはやこれまでかとおもわれたが、刹那、倒れかけていた芽衣の身が持ち直したばかりか、大きく踏み出したもので、ウルは「!」
ペロリと舌を出している芽衣、あろうことかタヌキ娘は、この局面でまさかのタヌキ寝入り寸前っぽい迷演技を披露したのである。
やる方もやるほうだが、大根芝居に騙される方もたいがいであろう。
恥辱にてカッと頭に血がのぼったウルは、そのせいで反応が遅れた。気づいたときには懐深くに芽衣が入り込んでおり、自身は腰を落とし無防備に顎下をさらしているではないか!
「しまっ――」
「狸是螺舞流武闘術、唯我独尊派生・震撃」
天に穴を穿つがごとく放たれた芽衣の拳が、ウルの顎下を完璧に捉え、これを打ち抜く。
いくつもの糸を寄りあげて太い紐にするかのようにして集約されたタヌキの悶々パワー、突き抜ける衝撃! いかに全身が現代の動物とは比べものにならないほど頑強かつ強固なマンモスとはいえ、頭蓋骨の中まではそうはいかない。
顎をかちあげられて、頭がぐわんとうしろにそれ、ついにウルの両膝が落ちた。
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