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992 タヌキと老オオカミ 起
しおりを挟む「狸是螺舞流武闘術、終の型、唯我独尊」
とたんにタヌキ娘がまばゆい蒼光に包まれた。
かとおもえば光の線が疾駆する。
雷光がほとばしり、蒼いベクトルの矢は緩やかな曲線を描きつつ向かったのは、胸を反らし仁王立ちしている老オオカミのもとである。
急接近!
あっさり懐に入ったタヌキ娘が拳を放つ。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き」
男の急所を容赦なく粉砕するショートアッパーが襲いかかる。
が、老オオカミはさして動じず。わずかに身をよじり、右脚を持ち上げ、膝下にて拳を受け止めた。
ガッ、と固いもの同士がぶつかる音が鳴った。
片足立ちの状態で激烈な拳を受けたのにもかかわらず、老オオカミは微動だにせず。平然と向かってくるタヌキ娘を見つめている。
そんな相手にタヌキ娘の上半身が左右にぶれたとおもったら、すかさず次の攻撃が繰り出された。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き。除夜の鐘バージョン!」
一撃で大男を昏倒せしめる拳、これを両腕で行う。左右に身を揺らしながら、次々と矢継ぎ早やに放たれる拳打たち。
ガンガン、ガガン、ガンガガン。
滅多やたらと速く重たい拳の乱れ打ち。
だがしかし、そのうちの大半が当たらない。老オオカミの手によっていなされ、はじかれ、そらされる。
老オオカミは焦らない。
じっと静かに相手を見つめ、最小限の動きにて的確に対処する。
身体能力に優れ、肉体強度も高く、胆力もあり、くぐった修羅場は数知れず。
目のいい老オオカミは瞬時に見極める。
拳の角度、軌道、速度、リーチなどを。
そして重たい拳に怯むことなく、淡々と応じるばかり。
ならばとタヌキ娘は次なる奥義を放つ。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、錠前破り」
これは頑丈な蔵の錠前をも粉砕する突き技。チカラをタメればタメたぶんだけ破壊力が増す。その気になれば開かずの大金庫の扉をも貫くことさえも可能である。だがそれゆえに隙も多く、使いどころがむずかしい技でもある。
先の拳打で弾幕を張り、ここぞというタイミングでタメ技を放った。
狙ったのは胸元、たくましい胸筋の奥にある心の臓だ。
たとえ筋肉の鎧で打撃を防いだとて、突き抜けた衝撃が深いダメージを与える。
けれども錠前破りは不発に終わる。
これまで受け一辺倒であった老オオカミがやにわに動いた。
一歩、前へと踏み出す。
それに合わせて放ったのは掌底の一打である。右から左へ払いのけるようにして、タヌキ娘の拳を叩く。
絶妙であった。絶妙のタイミングにて技の間合いを潰し、高威力の拳が最高速へと達する寸前に失速させられ、そらされた。
これにより互いの肩同士をぶつけるほどにまで、距離を縮めた両者。
大柄な老オオカミとちんまいタヌキ娘、体格差は歴然にて。
なのに老オオカミは押しきれず、またタヌキ娘が負けずに拮抗しているのは、唯我独尊状態にあるから。
相手を見下ろす老オオカミと、相手を見上げねめつけるタヌキ娘と。
己が肉体を用いてぎちりと鍔迫り合い。
距離が近い。互いの呼気がかかり、鼓動の音が聞こえるほど。
それが唐突に離れたのは、老オオカミが飛び退ったからである。
させたのは鍔迫り合いのさなかに、静かに這い寄っていたタヌキ娘の手のひらであった。
「狸是螺舞流武闘術、破の型、さざ波」
掌底による衝撃波にて、相手の肉体の内側にダメージを与える技。
うかつに受ければ致命傷になりかねない。そう判断しての老オオカミの回避行動であった。
だが、そう動くことをタヌキ娘は読んでいた。
バチリと雷光がはぜ、タヌキ娘の足が地面を強く踏み込む。生じた瞬発力にて、その身が瞬時に後方へと飛び退る老オオカミを猛追し、側面へと移動する。
着地寸前であった老オオカミ、その身は低空ながらも宙に浮いている。
それすなわち逃げられないということ!
「狸是螺舞流武闘術、断の型、まな板透し」
すべてを両断する手刀による一閃。
蒼の閃光が老オオカミの胴を真一文字に薙ぐ。
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