おじろよんぱく、何者?

月芝

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978 袋のネズミ

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 芝生綾を奪還し、闘技場のある建物からの脱出に成功した。
 だがいくつか気がかりがあった。
 ひとつは、忽然と姿を消したかげりである。
 蒼炎と銃弾に敗れ、廊下にのびていたはずのオコジョくのいち、燐火より連絡を受けた白羽の者らが駆けつけたときには、すでにいなくなっていたという。
 まんまとしてやられた。
 オコジョのくせに、どうやらタヌキ寝入りをしていたらしい。
 そしていまひとつの懸念は……。

「なんだ? 町の様子がおかしい。あまりにも静か過ぎる」

 ひっそり静まり返っている表の通り。
 安倍野京香のつぶやきに、燐火も緊張した面持ちにてうなづく。
 闘技場での激震は、建屋はもとより、その周辺にも大なり小なり影響を及ぼした。
 宮本めざしの暴挙により準決勝第一試合は中断され、巻き添えを恐れた観客たちは我先にと逃げ出した。
 当然ながらライブ中継は中断されることになったはず。
 せのうみドーム内では複数ヶ所にてパブリックビューイング会場が設置されており、リアルタイムで試合を視聴応援し、おおいに盛り上がれるようになっている。
 試合では公然と賭けも行われているから、観客たちの応援、熱狂度合いが半端ない。なかには祭の熱にうかされて、後先考えずに帰りの交通費までぶっ込んでいるバカもいるほどだ。

 だというのに、この異様な静けさ。
 まるで夜更けのゴーストタウンのようなあり様だ。
 本来であれば、外部の者らがこぞって押しかけてもおかしくない状況だというのに。
 その疑問の答えをもたらしたのは、斥候として周囲に放たれていた白羽の者である。

「燐火隊長、たいへんです。そこかしこに巨大な壁が立ちふさがって、ドーム内が分断されています」

 どうやら聚楽第が先手を打ったらしい。
 各会場周辺を封鎖することで、暴動が起こるのを未然に防いだのだ。
 そこにさらに悪い知らせが届く。
 別の白羽の者によりもたらされたのは、用意してあった三つの脱出経路、そのことごとくが使用不可になったということ。

「ちっ、どおりですんなり行かせてくれるはずだ」

 まんまと相手の手のひらの上で踊らされていたとわかって、安倍野京香は腹立ちまぎれに地面をガツガツ蹴った。

「こうなったらあとは地下トンネルを強行突破するしかありません。でも……」

 燐火が言い淀んだのには理由がある。
 外界と富士樹海の深奥部にあるせのうちドームをつなぐ大型通路、そこには途中、三つのゲートがあって、出入りを厳しく監視している。
 通路内には作業員に扮した大量のアニマルロボたちがいて、さらには各ゲートを守る警備隊も配置されている。
 通路はほぼ直線にて、敵勢と真正面からぶつかることになる。
 芝生綾を守りながらそれらを蹴散らし、外へと逃げきるには、数も火力もまるで足りない。

「よしんば突破できたとて、問題はゲートだ」
「はい。ドーム内を壁で分断していることからして、ゲートもすでに閉じられていると考えるのが妥当でしょう」
「すっかり袋のネズミというわけか。こうなったらいっそのこと逆を張るのもありか」

 戻って四伯たちと合流し、逃げるのではなくて進撃する。
 なんぞという危険な案を安倍野京香が口にしたところで、不意に口を開いたのは仁科加奈であった。
 ずっと自分に寄り添って静かにしていた彼女が、急に声をあげたもので驚きを隠せない芝生綾にウインクをしつつ仁科加奈は言った。 

「そのやっかいなゲートですけど、どうにか出来るかも」

 この仁科加奈は本物ではない。
 怪盗ワンヒールの変装である。
 そして怪盗ワンヒールには変態仲間がいる。同志もいるし、同好の士もいるし、熱烈なファンもいる。
 さすがの聚楽第も想定外であろう。
 まさか自分たちの懐深くに、高月産まれのワールドクラス、超ド級の変態が入り込んでいようとは……。
 尾白探偵の永遠のライバル、稀代のハイヒールフェチにして盗みの天才が不敵に微笑む。


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