978 / 1,029
978 袋のネズミ
しおりを挟む芝生綾を奪還し、闘技場のある建物からの脱出に成功した。
だがいくつか気がかりがあった。
ひとつは、忽然と姿を消したかげりである。
蒼炎と銃弾に敗れ、廊下にのびていたはずのオコジョくのいち、燐火より連絡を受けた白羽の者らが駆けつけたときには、すでにいなくなっていたという。
まんまとしてやられた。
オコジョのくせに、どうやらタヌキ寝入りをしていたらしい。
そしていまひとつの懸念は……。
「なんだ? 町の様子がおかしい。あまりにも静か過ぎる」
ひっそり静まり返っている表の通り。
安倍野京香のつぶやきに、燐火も緊張した面持ちにてうなづく。
闘技場での激震は、建屋はもとより、その周辺にも大なり小なり影響を及ぼした。
宮本めざしの暴挙により準決勝第一試合は中断され、巻き添えを恐れた観客たちは我先にと逃げ出した。
当然ながらライブ中継は中断されることになったはず。
せのうみドーム内では複数ヶ所にてパブリックビューイング会場が設置されており、リアルタイムで試合を視聴応援し、おおいに盛り上がれるようになっている。
試合では公然と賭けも行われているから、観客たちの応援、熱狂度合いが半端ない。なかには祭の熱にうかされて、後先考えずに帰りの交通費までぶっ込んでいるバカもいるほどだ。
だというのに、この異様な静けさ。
まるで夜更けのゴーストタウンのようなあり様だ。
本来であれば、外部の者らがこぞって押しかけてもおかしくない状況だというのに。
その疑問の答えをもたらしたのは、斥候として周囲に放たれていた白羽の者である。
「燐火隊長、たいへんです。そこかしこに巨大な壁が立ちふさがって、ドーム内が分断されています」
どうやら聚楽第が先手を打ったらしい。
各会場周辺を封鎖することで、暴動が起こるのを未然に防いだのだ。
そこにさらに悪い知らせが届く。
別の白羽の者によりもたらされたのは、用意してあった三つの脱出経路、そのことごとくが使用不可になったということ。
「ちっ、どおりですんなり行かせてくれるはずだ」
まんまと相手の手のひらの上で踊らされていたとわかって、安倍野京香は腹立ちまぎれに地面をガツガツ蹴った。
「こうなったらあとは地下トンネルを強行突破するしかありません。でも……」
燐火が言い淀んだのには理由がある。
外界と富士樹海の深奥部にあるせのうちドームをつなぐ大型通路、そこには途中、三つのゲートがあって、出入りを厳しく監視している。
通路内には作業員に扮した大量のアニマルロボたちがいて、さらには各ゲートを守る警備隊も配置されている。
通路はほぼ直線にて、敵勢と真正面からぶつかることになる。
芝生綾を守りながらそれらを蹴散らし、外へと逃げきるには、数も火力もまるで足りない。
「よしんば突破できたとて、問題はゲートだ」
「はい。ドーム内を壁で分断していることからして、ゲートもすでに閉じられていると考えるのが妥当でしょう」
「すっかり袋のネズミというわけか。こうなったらいっそのこと逆を張るのもありか」
戻って四伯たちと合流し、逃げるのではなくて進撃する。
なんぞという危険な案を安倍野京香が口にしたところで、不意に口を開いたのは仁科加奈であった。
ずっと自分に寄り添って静かにしていた彼女が、急に声をあげたもので驚きを隠せない芝生綾にウインクをしつつ仁科加奈は言った。
「そのやっかいなゲートですけど、どうにか出来るかも」
この仁科加奈は本物ではない。
怪盗ワンヒールの変装である。
そして怪盗ワンヒールには変態仲間がいる。同志もいるし、同好の士もいるし、熱烈なファンもいる。
さすがの聚楽第も想定外であろう。
まさか自分たちの懐深くに、高月産まれのワールドクラス、超ド級の変態が入り込んでいようとは……。
尾白探偵の永遠のライバル、稀代のハイヒールフェチにして盗みの天才が不敵に微笑む。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる