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954 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 アイアンフィスト
しおりを挟む或る男の一生……という本がある。
高月中央商店街の古書店「知恵の森」のご店主、母玄福郎(もぐろふくろう)が所蔵している希少本だ。
全二百二十二冊にもおよぶ超大作。著者は不明だが、書かれた年代は江戸後期から明治初期頃。サムライの世が終わり、新たな時代が幕を開ける激動の刻。
そんな時代を生き抜いた或る男の生涯。
さぞや壮大な物語かとおもいきや、さにあらず。
内容は愚痴日記である。
世間では「日本の夜明ぜよ」「夷敵を討ち滅ぼせ」「士道不覚悟、ハラキリ! はらきり!」なんぞとやかましく、佐幕派と倒幕派がしのぎを削り、京の都では夜な夜な剣戟が鳴り響き、そこいらで血の雨がざぁざぁ降る。
熱い想いに突き動かされた者たちが、未来を夢見て懸命に時代を駆け抜けては、若い命を散らしていく。
それを尻目に主人公の男が悶々と悩み続けていたのは、異性との接し方。
国の行く末を案じて、野郎どもが膝を突き合わせては、ときに拳すらも交えて議論に白熱していたというのに、主人公の男ときたら寝ても覚めても考えるのは乳や尻のことばかり……。
ゆえに当然ながらこの主人公の男は、ちっともモテない。
あとお金もない。身なりもよろしくない。体つきは貧相にて、ケンカも意気地もからっきし。顔もまずければ、性根もほどよく腐っており、地位もない。
そんな彼の身を案じては毎朝せっせと起こしにきてくれるような、可愛い幼馴染みもいない。
ひらたくいえば、しょうもない男であった。
だからとて悪人になる度胸もない。なぜなら悪の道へと誘ってくれる気の利いた友人もいなかったからだ。
もっともその点だけは評価してもよかろう。おかげでダメだけど、人の道からだけはかろうじてはずれずにすんだのだから。
あの手この手にて異性の気を引こうと奮闘する主人公。
だがそもそもの話、モテない人間がいくらひとりで考えたところでどうなるものでなし。
ひたすらトンチンカンなことをくり返しては、よりいっそう周囲の異性との溝を広げることになるのであった。
なにやら身につまされる話である。
男ならば誰しも持つバカさが凝縮されたかのよう。そのせいであろうか。おもしろいけど、胸がちょっと締めつけられて、なんだかほろりとしちゃう。
大部分の読者からは心底呆れられてそっぽを向かれるも、ごくごく一部の人間のハートにはズブリと刺さる、そんな作風だ。
ちなみにおれはけっこうグッときたほうである。
そんな「或る男の一生」なのだが、よほど著者の悶々とした想いが筆に乗せられていたらしく、しっかり化けて節々した足を生やした怪本となった。
そこいらを勝手にカサコソ走りまわる怪本たち。
一冊一冊であればうっとうしいぐらいで、さほど問題はない。
やっかいなのはこれらが合体して、巨大な書物百足になること。
こうなると完全なるモンスターで、大暴れしては手に負えなくなる。
そんな相手をとっちめたのが、怪異・白い腕、第二形態「怪獣モード」となったしらたきさんであった。
◇
しらたきさんは巨大な赤い豪腕でもって、かつて巨大な書物百足をぶっ飛ばして、けちょんけちょんにし、怪異対決を制した。
こいつをまともに喰らっては、さしもの鬼相撲の横綱とてただではすむまい。
だがしかし……。
「――本当に倒せるのか?」
おれは懸念を拭いきれない。
現在、探偵事務所のペットと化している怪本と赤鬼とでは格がちがう。
ましてや牛頭泰造は次期副長候補である。鬼族のスーパーエリートだ。しかも心技体を兼ね備えており、努力を怠らないタイプでもある。
性根がねじくれている乾班目(いぬいまだらめ)ならば、つけ込む隙が多々あったが、牛頭泰造には驕ったところがまるでなくて、それが皆目見当たらない。
探偵の直感がずっと警鐘を鳴らしている。
『これでは足りない。負けるぞ!』と。
そこでおれは気力を振り絞って、ついでにぎゅぎゅぅぅと雑巾を固く絞るかのようにして、己の中の化けチカラを出し尽くし、ドロンと「変化っ!」
化けたのはチタン合金製のガントレットである。
ガントレットとは、西洋甲冑の手甲のことだ。
そいつをしらたきさんの巨大な赤い豪腕に装着完了!
唸る鉄拳が赤鬼へと猛然と襲いかかる!
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