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946 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 二分十五秒の攻防 前編
しおりを挟む殴られる寸前、両腕でガードをしたので直撃こそはまぬがれたが、トラ猛女の身が軽々と吹き飛ばされた。ぎゅんともの凄い勢いにて飛んでは、一直線に防護壁へと向かう。このままでは激突する。だからトラ美は身をひねって体勢を整え、壁に対して垂直に立った。
けれども、そこに白い杭の群れが殺到する。
灰色鬼となった紀田純一のかざした左手から射出されたソレは、肉体の一部を硬質化して打ち出したもの。
ガガガガガガガッ……。
次々と飛来する白い杭たち。
トラ美は両手の爪にて打ち払い、はじき返す。だが数が多い。
そこで攻撃の雨から逃れるために足の爪を強化して壁にめり込ませ支えとし、横へと疾走を開始した。
トラの壁走り。
それを仕留めようと背後から白い杭たちが猛追する。
まるで地面の上であるかのようにしてトラ美は壁を駆ける。
なのにふり払えない! 駆けた跡の防護壁がたちまち針山のようになっていく。
だがここで灰色鬼の遠距離攻撃が突如として乱れた。
原因は顔面へと向けて飛んできた一本の白い杭だ。
逃げながら白い杭たちをさばいていたトラ美が、どさくさにまぎれて一本を掴み取るなり、すかさず投げ返したのである。
鋭い投擲、おもわぬ反撃を受けて、つい条件反射でカラダをそらしてこれを避けたがゆえに、攻撃の手が止まった。
生じた隙を見逃すトラ美ではない。
身が沈み、ぐっと下半身にチカラを込めたとおもったら、壁を思い切り蹴って跳躍する。
宙を舞いトラが吠える。その姿は森の奥にて獲物に襲いかかる肉食獣そのものであった。
ふたたび交わる両雄。
灰色鬼の右椀が唸り、襲撃者を迎撃せんとする。
トラの白爪と鬼の剛拳がぶつかる。
ギャン!
固いもの同士がぶつかる音がして、「ちっ」と舌打ちしたのはトラ美であった。
第三形態の鬼の躬をやすやすと引き裂いた爪が、第四形態となった紀田純一には通じなかったからである。鎧と化した肌に防がれた。固い。せいぜい表面に傷をつける程度である。
一撃入れてから宙にてくるんと一回転、着地したトラ美は、間髪入れずに接敵し相手の懐へと入る。
逃げて、逃げて、逃げて、タイムアップを狙う?
そんなのは弧斗羅美の流儀に反する。
死中に活を求めてこその荒事師。尻尾を丸めて逃げたとあっては、商売あがったりであろう。
だから、ここはあえて攻める!
戦いは至近距離での応酬へと移行した。
灰色鬼が一撃を振るうごとに、地形が変わり、闘技場が悲鳴をあげる。
だが当たらない。当たれば一発で終わりかねないのでトラ美も必死だ。
さなか、窪みに足をとられてつんのめったトラ美が「あっ」
そこへすかさず豪腕が落ちてくる。
だがしかし、その攻撃に合わせたかのようにして、トラ美の身が翻った。
さながら時代劇の殺陣をみているかのような動き。それもそのはずだ。足をとられたのは演技にて、相手の攻撃を誘ったのだから。
いかに強力な攻撃とて来るタイミングと場所がわかっていれば、対応は可能である。
がら空きとなった鬼の側面を取ったトラ美、相手の膝裏を押し込むようにして蹴った。がくんと膝を折れて、腰が下がる。
前のめりに片膝をつきそうになって、灰色鬼が踏ん張ったものの、その刹那のことであった。
ずぶりとめり込んだのはトラ爪の刺突である。
狙った箇所は、急所の脇下だ。
全身が鎧と化して格段に防御力が増した鬼、まともに攻撃を当てたとてろくに通らない。けれども、各種関節回りばかりは、稼働域であるがゆえにどうしても強度が落ちる。
そこを渾身の武爪が一点突破!
トラ美がカラダを押しつけるようにして、ぐっと踏み込む。
ぎちりと音がして、トラ爪の突端が鬼の血肉の奥へ奥へと、肩の関節に入り込んだところで、トラ美が動きを変える。
突きから斬るの動作となって、傷口を広げるようにしては蹂躙する。
内側から抉るようにして斬り裂かれた灰色鬼の右腕が、だらりとさがった。筋肉が千切れ、骨が離れて、かろうじて皮一枚で繋がっているかのような状況となる。
すると灰色鬼はここで恐るべき行動をとった。
なんと、みずから使い物にならなくなった右腕を左手で引き千切ったばかりか、それで殴りつけてきたのである。
鬼の逞しい腕、それも硬化しているそれは、まるで金棒のようであった。
凶器を手にした鬼の一撃がトラ美に迫る。
灰色鬼の稼働時間、残り一分九秒――。
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