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922 獣王武闘会本戦 準々決勝第二試合 歩く天災
しおりを挟む英円が「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、五の段、怨嗟」を発動した。
これに慌てたのが、チームメイトであるオコジョくのいちのかげり、ネコ剣豪の宮本めざし、である。
この攻撃は音を使った広範囲攻撃だ。
つまり、中に取り込まれたら敵味方おかまいなしに、片っ端から喰い破る。
狂気のレクイエムが鳴り響き、闘技場中央にて見えない凶刃が、凶爪が、凶牙が暴れ、英円を中心にして破壊の渦が巻き起こる。
「あの、馬鹿女っ!」かげりが文句をいいながら、距離をとった。
「……いつか必ず斬る」宮本めざしがぎろりと一瞥してから、その場を離れた。
だというのにである。
闘技場の一画だけは、まるで別世界のように、ゆったりまったり時が流れていた。
ルクレツィア・ギアハートは涼しい顔にて、優雅にティータイムを続けている。いかに電磁柵に守られているとはいえ、それはあくまでも物理的な守りのみ。飛び回る音刃は防げない。
なのに、それを可能にしていたのは、お世話役兼警護役のアニマルロボ天狼(しりうす)であった。
ネコ頭の雌型自律歩行型ロボットは「にゃーん」と大口を開けては、喉の奥のスピーカーより怪しげな呪文みたいな声をでろでろ発していた。これが英円の狂奏を相殺して打ち消していたのである。
すると口元にあったカップを静かに皿へと戻したルクレツィア・ギアハートが、ちらりと天狼に悩ましげな流し目を送りながら、ぽつりと言った。
「ずっと気になっていたんだけど……。あなた、シリウスなのにキャットなのは、どうしてなのかしら?」
聚楽第が誇る量産型アニマルロボ甲(かぶと)は、イヌ頭の牡型である。
そして唯一無二の機体であるアニマルロボ天狼(しりうす)は、ネコ頭のネコ耳でネコの尻尾を持つ雌型である。セクシーゴールドメタリックの八頭身ボディがじつに艶めかしい。内部には男心をくすぐる、わくわくギミック満載である。とはいえ十八禁な意味ではなくて、戦闘ロボ的なものなので、あしからず。
まぁ、それはさておき名前のナゾである。
何げに気にしていた観客も多かったようで、一瞬、英円と千石京志郎の激戦を横目にじっと聞き耳を立てる者がちらほらと。
するとアニマルロボ天狼は、あっさり疑問に答えた。
「博士が徹夜明けのノリでつけました。『なんか、カッコよくね?』みたいな感じで」
聚楽第の悪巧みを裏で支えるマッドサイエンティスト暮来真理(くれこまり)。
動物至上主義を掲げる過激派団体にあって、ルクレツィア・ギアハートともども人間の身にありながら中核を担っている。
そのうち「空飛ぶ百万馬力の鉄腕なアレ」とか「歴史改変上等だぜ! 的なとんでもタイムマシン」ぐらい作っちゃうんじゃねえの?
というぐらいに優秀なのだが、いかんせん頭のネジがグラグラにて、科学者としての倫理観なんぞは、おんぎゃあと生まれた時に母親のお腹の中に置いてきた。天才にして歩く天災との異名を持つ女博士。
そんな彼女が心血を注いで作り出した最高傑作がアニマルロボ天狼なのである。
ちなみにその天狼は、自分と同系統の設計思想を持つ先輩機である、アニマルロボ零号を一方的にライバル視している。
思っていた以上にしょうもない真相に一同がひょうし抜けしたところで、みなの注目が本筋である英円と千石京志郎の方へと戻った。
◇
英円が大技をくり出し、それに呑み込まれた千石京志郎。
ここには身を隠す場所がなく、ただ一方的に蹂躙されるばかり。
かとおもわれたのだが、意外にも奮戦していた。
「ふんっ」
獅子が気合いを込めて、どんっと地面を強く踏みしめる。
これにより周囲に砂塵が舞い上がっては、薄いベールとなる。
みずから視界を塞ぐかのような行為、だがそれこそが千石京志郎がとっさに考えついた「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、五の段、怨嗟」対策であった。
英円の見えない攻撃が迫るも、それが砂塵の幕に触れたときに、わずかな変化が起きる。
これを瞬時に察知して、千石京志郎はサッと身をかわす。
見えないのならば、見えるようにすればいいだけのこと。それが千石京志郎が得た答えであった。
圧倒的理不尽ですべてを蹂躙しようとするトラ狂女・英円。
知恵と卓越した武でもって、これに対峙する獅子の空手家・千石京志郎。
双方一歩も引かず。
戦いは、いよいよ佳境へと……。
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