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909 獣王武闘会本戦 準々決勝第一試合 副将戦
しおりを挟む一勝一敗一分けにてもつれ込んだ副将戦。
姫路アニマルキングダム選抜からは、ヒクイドリの早乙女修(さおとめしゅう)。
天狗道からは、相模大山黒兵衛(さがみおおやまくろべえ)。
早乙女修は見た目はしゅっとした外資系のサラリーマン風といった容姿。実際にスーツにネクタイ姿がびしっと決まっている。女性向けの恋愛シュミレーションとか、アイドル育成系のゲームのキャラでひとりは必ずいるであろう、不愛想クール系イケメン。でもって近衛師団の位階は二。あのイケメンゴリラの佐藤晋太郎(さとうしんたろう)より上位にいる実力者だが、その位階は単純な強さというよりも、プラス各種事務処理能力および組織運営能力の高さを買われてのことらしい。
とどのつまり、早乙女修は見た目のみならず仕事もばりばりこなすエリートイケメンということ!
だがしかし、ここで女性陣に残念なおしらせがある。
なんと早乙女修は子持ちの既婚者であった。戦いの時には邪魔になるのではずしている左薬指の指輪の存在が発覚して、客席からは落胆の声が数多。一転してお通夜ムードに……。
なおそんなヒクイドリ、じつは世界一危険なトリかも? 説がある。気に入らない飼い主を蹴り殺してギネスブックに登録されたこともある。あと見た目以上に大食いで、一日に食べる果実数が軽く三桁に到達したりもする。
でもって彼らは鮮やかなエメラルド色の卵を生む。そしてヒクイドリはオスの方が子育てに積極的。だから早乙女修はイクメンでもあった。
相模大山黒兵衛はその厳めしい名前の通りの容姿。武者修行、もしくは野武士然としており、野趣あふれる見た目。
古くから山岳信仰の聖地とされてきた神奈川県の大山に君臨する、相模大山伯耆坊(さがみおおやまほうきぼう)の旗下の者。口数が極端に少なく不愛想なのは「男がみだりに歯をさらすな」という古風な考えゆえ。
だがそのワイルドな雰囲気に反して、さりげなく女性に気がつかえるジェントルマンだったりもする。そういった意味では、とかく亭主関白風を吹かしたがる男天狗らしからぬ好漢である。ちなみに手にした得物は錫杖である。
◇
不愛想同士の対決。
様子見とかは一切なし。試合開始直後から、互いに怒涛の攻めを繰り広げる。
ヒクイドリの持つ鎧をきたような強力な足を活かした蹴り主体の武術、刃鱗脚(じんりんきゃく)を遣う早乙女修。
「刃鱗脚、突、突突、突突突……」
放たれる蹴りは槍の突きのごとし。だが勢いは銃撃のごとくあって、それでいて狙いは熟練のスナイパーのように正確無比。
相手を容赦なく貫き砕かんとする一撃、それを次々に繰り出す。
対する相模大山黒兵衛、手にした錫杖の下の方、槍でいうところの石突に当たる部位にて応戦。
向かってくる蹴撃を寸分たがわず狙い打ち、はじき返す。
蹴りと錫杖。
激しい突きと突きの応酬。
さなか、ぱっと跳ねたのは早乙女修の身、宙にて軽やかに翻り、浮かせた軸足にて放ったのは斬撃。
「刃鱗脚、斬」
蹴りにより発生した見えない刃が、叩きつけるかのようにして相手に襲いかかる。
だが相模大山黒兵衛は避けず。「ふんっ」と気合い一閃、錫杖の横薙ぎにて迫ってくる風刃を彼方へとはじき飛ばしてしまった。
そしてお返しだとばかりに奥義を放つ。
「相模大山流杖術、大山鳴動」
おもむろに長柄の錫杖を地面に突き立てた相模大山黒兵衛。
ひょうしに錫杖の頭に取り付けられた丸い環、八つの遊環(ゆかん)らが、しゃんと鳴る。
その遊環を前にして「はぁ!」と気勢を込めてパンっと手を打ち鳴らす。
とたんに八つの環が一斉に暴れて、しゃんしゃんしゃんとやかましい。
けれどもバラバラであった八つの音がすぐに重なりひとつとなった。
刹那、生じたのは相模大山黒兵衛を中心にした音の波濤。
「うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん」
それは巨大な獣の唸り声にも似た響きにて、たちまち闘技場内を席捲する。
ばかりか見えない音獣の爪は、戦いの場と客席を隔てる防御壁をも痛めつけ、瞬時に無数の亀裂をも生じさせたもので、客席からは悲鳴があがった。
一方で、そんなシロモノを誰よりも近くでまともに喰らった早乙女修はというと、その身が宙でぎゅるぎゅる回っていた。
さながらバレリーナが高速回転しているかのような異様な動き。
そしてそれが終わると、何事もなかったかのように静かに着地する。
音の波濤をすべて受け流し乗り切った早乙女修、やや乱れた首元のネクタイを無言で締め直す。
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