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901 獣王武闘会本戦 幕間 共闘
しおりを挟む大会が始まって以降、ずっとお祭りムードとなっているせのうみドーム内。
その喧騒から逃れるようにして、公園のベンチに座っては不機嫌面でタバコを吹かしていたのは、黒ずくめのスーツ姿にサングラスをつけた女。
高月警察署に勤める女刑事の安部野京香(あべのきょうか)である。
ただいま警備の応援要員として出張中。つまりお仕事である。なにせ本大会には各界のVIPがこぞって参加しているもので、「主催者側のみに警備を任せるわけにはいかん!」と上の方々がはりきっている。
だが実際にがんばるのは言い出しっぺではなくて末端である。
「ったく、だったら自分でやれよな」
イライラ愚痴りながらはやくも二本目のタバコに火をつける。
みんながお祭で遊んでいるのを横目に、自分が仕事をさせられているのも業腹だが、その仕事も問題だ。動ける範囲が極端に制限されている。
あわよくば内部を探ってやろうかと目論んでいたが、「動物界の持ち回りはそちらで!」ときっぱり区画を指定されており、お祭り騒ぎのどさくさにまぎれて潜入しようとすれば、たちまち量産型のアニマルロボの甲(かぶと)が扮した警備員が立ち塞がる。それもわらわらと。
ぶっちゃけ自分たちいらないよね?
いちおうその道のプロが動いているらしいが、向こうにもいるからどうなることやら……。
一方で安倍野京香は上役の上役のそのまたずっと上から、事前にこう釘を刺されている。
「いらぬ騒ぎを起こすなよ。もしものときには必ず向こうから撃たせろ」と。
それすなわち何かが起こることを想定していること。
まぁ、聚楽第がこれだけのイベントを主導しておいて何もないわけがない。
問題はその内容と規模である。VIP暗殺などは論外。即、種族間戦争になる。あー、でも人間の代表なら問題はない。国税局八番課の面々がお目付け役として現地入りしているけれども、各種族のVIPと比べると価値はぐんと下がる。もっとも国税局八番課の連中は海千山千の曲者揃い。下手にちょっかいを出したら、それこそ尻の毛まで抜かれるだろうが……。
その時、上着の内ポケットに入れていたスマートフォンが振るえた。
取り出して見てみれば、試合結果の速報がきていた。
「勝ったか四伯、まぁ、一回戦は問題ないと思っていたがな。だが次はそうはいかんだろう。さて、どうしようか」
チーム尾白探偵事務所の次の対戦相手は五鬼である。
鬼族からの選抜チーム。加えてそれを率いているのは復讐に燃える元緑鬼の副長の乾班目(いぬいまだらめ)。
スマートフォンの画面を弄って、安倍野京香が出したのは公式賭けサイトのホームページ。準々決勝の第四試合、つまり次の尾白たちの試合のオッズをチェックしてみれば……。
「ほうほう、両チームで賭け率にさほど差はないな。理由は乾以外の鬼どもがさほど勝ちに固執していないことか。とはいえ一回戦のようにはいかんだろうし、う~ん」
どちらにいくら賭けたものかと思案しているうちに、二本目のタバコが灰となる。
続けて三本目に火をつけようとしたところで、安倍野京香が手にしたのはライターではなくて銃。
繁みの向こうより微かに聞こえてきたのは剣戟。
この公園はパブリックビューイング会場から少し離れているため、静かにサボれるとおもってきたのだが、どうやら同じようなことを考えていた連中が他にもいたらしい。
億劫そうに立ち上がった安倍野京香、ちゃちゃっと銃にサイレンサーをつけ音のする方へと。
◇
繁みの向こうからする音は微かであったので、てっきり個人、もしくは少数同士の小競り合いかとおもいきや、さにあらず。
一対多数にて、白い忍者が黒い忍者から寄ってたかって猛攻を受けていた。
「おいおい、時代劇かよ」
安倍野京香はおもわずぼそり。でもいきなり苦無が飛んできたもので「うわっ!」とっさに頭を下げてかわす。
投げつけたのは黒い忍者のうちのひとり。目撃者は消すという判断であったのだろうが、やった相手が悪かった。
みずから敵認定される行動をとった返礼として振る舞われたのは、たっぷりの鉛玉。
バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ!
くぐもった発射音が連続して起こり、ばたばたと倒れていく黒い忍者たち。
結果的に白い忍者を助ける格好となった安倍野京香。しかし上から面倒を起こすなと言われているので、さっさとその場を立ち去ろうとする。
しかし逃げられない。白い忍者にシュタっと先回りされてしまった。
「その黒いスーツとサングラス姿、銃の腕前……、もしや尾白さんのお仲間の安倍野今香さまでは?」
「……ちっ、だったらなんだ」
「いえ、お噂はかねがね。御助力感謝いたします。私は白羽を率いる燐火(りんか)と申します」
黒羽や白羽のことは安倍野京香も仕事柄知っている。殺生石騒動以降、両陣営の争いが激化していることも。何やらやっかい事のニオイがぷんぷんする。
巻き込まれる前に、とっととずらかろうとする安倍野京香であったが、燐火からの申し出により、そうも言ってはいられなくなった。
「芝生綾の居所を突き止めました。奪還に協力して欲しい」
聚楽第がまんまと動物界の警戒を出し抜いて、芝生綾をこの地に招き入れた。しかもその目的がどうやら彼女の中に眠る何者かのチカラではなくて、その身から自然とにじみ出ている動物メロメロフェロモンにあるらしいと聞いて、安倍野京香も色めき立つ。
ふだんはさほど影響はない。尾白四伯みたいに感受性が豊かで、影響を受けやすい者は稀である。が、ひとたびそれと接するとたちまち動物はメロメロになる。シャーッ! と猛る人間不信の野良猫キングですらものが、ごろにゃんと喉を鳴らしてすりすり。
とはいえ範囲も影響力も極めて限定的にて、ほぼほぼ害はない。
しかしそれを増幅させ拡散する方法を聚楽第はすでに確立しており、このせのうみドーム内に散布しているという。それがある種の興奮剤のように作用しての、このどんちゃん騒ぎ。だがしかし……。
「そんなことをして、いったいどうしようってんだい?」
動物どもが群れ集って浮かれ騒ぐのは、べつにいまに始まったことじゃない。放っておいても、よいよいとから騒ぎをする阿呆ども。
イベントを盛り上げるのには役に立つが、それ以上となると首を傾げざるをえない。
安倍野京香の疑問には「わかりません」と燐火。「けれども聚楽第が何らかの意図を持って行っていることはたしか。見過ごしたら、きっとろくでもないことになるかと」
それはその通りにて楽観視していい事ではない。
ゆえに安倍野京香は燐火からの協力要請を受けることに決めた。
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