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892 獣王武闘会本戦 一回戦第七試合 後編
しおりを挟む篠突く雨のごとき乱打のさなか、のばした出灰桔梗の両手が黄鬼の頭を挟み、必殺の鈴鳴振が放たれようとした刹那、櫟原了の身に変化が生じる。
体中から熱気がほとばしり、肌にびきりと浮かび上がった太い血管、逞しい肉体がさらに隆起するばかりか、肌の色味がいっそう濃い黄色となり、一部が硬質化し鎧のようになった。肩や肘や膝、拳などおよそ攻撃に使用される部位には突起も出現する。
これまでは人に準拠した姿形であったのが、いっきに荒々しい異形の鬼へと変ずる。
鬼の第三形態!
変身の余波によって吹き飛ばされた出灰桔梗は、ひらりと後方に着地する。
しぃんと静まり返る会場内。
本大会において鬼族がどこまで手札を切ってくるのかは、ずっと不透明であった。
なんだかんだでお祭り要素が強いイベントゆえに、せいぜい第二形態止まりであろうと周囲は勝手に思い込んでいたのだが、よもやよもやである。
そしてこの形態となった鬼と対峙したことがある者は、ほとんどいない。
第三形態となった櫟原了が動く。
ふり返って出灰桔梗と向かい合うなり放ったのは蹴り。地から天へと向けて振り抜かれる太く逞しい右脚。
自分の顔近くにまで上げられた脚。ごつい見た目からは想像もできない柔軟性――からの振り下ろし。いわゆるカカト落としの所作にて天から地へと。
蹴りの二連撃。一撃目で砂塵が舞い上がって渦を巻く、二撃目でその渦が押し出されて出灰桔梗へと向かっていく。でもそれで終わりではなかった。振り下ろした右脚にて地面をドンッ! その衝撃で足下がぐらりと揺れる。
極局所的直下型地震が発生!
黄鬼を中心にして半径二十メートルほどが激しく上下に振られた。
この範囲にいた出灰桔梗は震度七弱の揺れにより、まともに立っていられない。そこを竜巻が襲う。
身を伏せて飛ばされないようにする出灰桔梗。
これによりどうにかやり過ごすも、はっと顔を上げればすぐ目の前に黄鬼の姿があった。
突き込まれる豪腕、まるで棘のあるナックルダスターを身に着けたかのような大きな拳が迫る。しかしこれは当たらない。
ふっと掻き消えた出灰桔梗。
四つん這いに近い姿勢のままで高速移動、狐崑九尾羅刃拳の歩法を駆使し、瞬時に間合いをとる。
直後に闘技場内に破砕音が響く。
黄鬼の櫟原了の拳によりクレーターが生じ、またしても地面が揺れた。
「これで八十パーセントですか……。どうやら今まで私たちが見てきた鬼は、ほとんどチカラを封印され手足に重い枷をつけられていたようなものだったんですね」
出灰桔梗が冷や汗を拭いながらつぶやく。
技だ奥義だなんぞというものを嘲笑うかのような圧倒的パワー。
しかも序列五位で種族としては真ん中あたりの者ですらが、これ。
第三形態となれば雑魚鬼ですらもが脅威に化ける。もしもすべての鬼たちが白の御方の大号令によって、一斉に第四形態となったら……。
生まれながらの強者。改めて鬼族のチカラと威容をまざまざと見せつけられて、黙り込む会場内。
だが出灰桔梗は臆することなく一歩前へと踏み出す。
「本当に凄い。でもだからこそ超える意味がある!」
真っ直ぐに黄鬼を見つめる出灰桔梗。
それを受けて櫟原了が無言のままとったのは、ガードではなくてファイティングポーズ。
ゆっくりと近づく両者。
近づくほどに風が起こって、出灰桔梗の長い黒髪が乱れ揺れる。
その風がどんどんと強くなっていき、やがて風の中に朱が混じりだす。
ふたりの間で飛び交っていたのは無数の拳。
目にも止まらぬ速度にで繰り出される打突が、ぶつかり、交差し、はじけ、削り合い、そらし、いなし、またぶつかる。
黄鬼の拳を最小限の動きにて紙一重でかわし、ひたすら数を叩き込む出灰桔梗。
神速乱舞する出灰桔梗の拳を正面から受け止め、やはりひたすら数を叩き込む櫟原了。見た目に反して一打一打がコンパクトにまとめており、その分回転が増している。
負けじと出灰桔梗がギアを一段あげる。
そしてついに血風となり、ふたりの姿はその中に埋もれて見えなくなった。
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