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874 獣王武闘会本戦 一回戦第二試合 中編
しおりを挟む厳つい赤ら顔、鼻高く、眼光鋭く、背には雄々しい漆黒の翼。
山伏の服装に、一本歯の高下駄を履き、左手には羽団扇(はねうちわ)を、右手には金剛杖を持つというお馴染みのいで立ち。
天狗は、天狗以外の何者でもなかった。
圧倒的存在感、その登場に沸きに沸く観客たち。
一回戦第二試合、ゆうていVS天狗道。
興奮もそのままに、抽選にて決まった試合形式は勝ち抜き戦。
ひとりで五人抜きも可能、個人の強さがもっとも発揮される形式。
チームゆうていの先鋒は、ハイラックスの中江耕三(なかえこうぞう)。
天狗道の先鋒は、飯綱考標(いづなたかすえ)。
名前を呼ばれた両雄が「「おう」」
威勢よく応じ、闘技場の中央へと向かう。
が、この時、ハプニングが起きた。
ぐきりと厭な音がして、足首をひねったのは飯綱考標。履いている一本歯の高下駄はとっても不安定でぐらぐらしている。地面は細かい砂地にて、ずるりと滑ってすってんころりん。
「うぎゃっ」
との声にて、両腕を投げ出し、顔からうつ伏せにべちゃり。
今日び幼稚園児でもこんな盛大なこけかたはしない。こんなポーズをするのはたぶん、ホームベースにヘッドスライディングする野球選手ぐらいだろう。
でもって天狗といえば誇り高く、増上慢な存在である。
それが大勢が見守る中で、このようなズッコケをかました。
シーン……。
静まり返る会場内。
ふつうであれば失笑モノ。けれども相手は天狗だ。下手に笑ったり野次を飛ばして、キッとにらまれでもしたら、あとでどんな仕返しをされるかわかったものじゃない。
とどのつまりは、みんな反応に戸惑ったのである。正解がわからないのだ。
だが、ハプニングはそれだけにとどまらず。
みんなをさらに混迷の沼へと誘う。
「アイタタタタ。うー、ドジった」
むくりと起きた飯綱考標。
派手に転んだわりには平気みたいで、みんなが内心ほっとしたのも束の間。次の瞬間には、ぎょっ! 腰を浮かせて目を剥く事態に陥る。
立ち上がったひょうしにポキリ。
折れたのは真っ赤な長い鼻。
天狗のシンボルともいえる部位が逝ってしまって、一同騒然!
だというのに、当人はまるで気にした素振りもなくて……。
「あっ、折れた。というか、もういいかなコレ。暑苦しくてずっと邪魔だったんだよね」
ぶつぶつ文句を言いながら、いきなり折れた鼻の根元の方をむんずと掴み「えいやっ」
とたんにずるりと顔面ごともげたもので、客席からは悲鳴があがる。
でもそれはとんだ早とちり。べつに本当に顔がもげたわけではなくて、たんに被っていたお面をはずしただけのこと。
そう! いかにもな天狗面は、じつは精巧な作り物であったのである。
そして中からあらわれた素顔は、どこにでもいそうな今風の若い娘さん。
いまここに明らかとなる天狗の秘密。
厳つい赤ら顔の鼻高なのは男の天狗のみ。
女の天狗はお面を被っているだけであったのである!
「そんなの当たり前じゃない。いくらなんでもあんな顔してたら、さすがに嫁の貰い手がないでしょ」
とは飯綱考標。
天狗女子、仲間の天狗男子を全否定。チカラは認める。けど異性としてはちょっと……。
そんな本音もちらりとのぞかせつつ、天狗の面だけでなく高下駄も脱いでしまった彼女。
黒い翼のドジっ娘天使になったところで、試合開始。
◇
ハイラックスという名前を聞いて、たいていの者がすぐに思い浮かべるのがクルマのことであろう。
動物の方を思いつけるのは、かなりのアニマルマニアだ。
大きさはネコほどもあって、ずんぐりむっくり、丸っこくてもちもちしており、「抱いたら絶対に気持ちいいだろう、これっ!」という体型。
ぱっと見には、カピパラとかモルモット、あるいは耳のないウサギっぽい姿をしている。イワダヌキ目に分類されていることから、タヌキにも似ているとされているが、「うーん、それはどうだろう?」と首を傾げるレベル。
実際、ずっとネズミの親戚扱いされていた歴史を持つ。しかし歯と足の特徴を調べた結果、原始的な有蹄動物でゾウの仲間と認められ、現在に至る。
なおハイラックスのおしっこが結晶化した物が、薬用に珍重されていた時代もあった。
何げに旧約聖書にも登場しており、そこでは「岩場に住む知恵ある動物」と記されていたりもする。
ハイラックスの中江耕三、がっちりしたお相撲さん体型。でもただのぽっちゃりさんではないのは、太腿やふくらはぎの発達した筋肉を見ればすぐにわかること。
そんな中江耕三、開始直後にいきなり突っ込んだりはしない。まずは慎重に様子を見ようとする。
けれども、そんなのはお構いなしにずんずん近づいていく飯綱考標。
あまりにも無防備、あまりにも隙だらけ。不用意に向かってくるもので、逆に不審感が高まっていく。中江耕三の表情に焦りが浮かび、たまらずくり出したのはローキック。
まずは足を潰す。格闘技のお手本みたいな攻め。でもしっかり膝関節の破壊を狙っているあたり、地味にえげつない。
それでも飯綱考標は怯まない、止まらない。
ローキックが当たる寸前、すっと前へ。
ふたりの姿が密接し重なる。
でも一瞬にして、すり抜けるかのようにして離れたのは飯綱考標。
残された中江耕三は棒立ちにてふらついている。何やら様子がおかしい。
みんなが彼の動向に注視していると、突如としてその身が赤い霧に包まれた。
それが全身の複数ヶ所より一斉に噴き出した鮮血による血飛沫だと、わかったときにはすでに勝敗は決していた。
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