おじろよんぱく、何者？

867 怪物を飼う者たち

　
　ぼんやりしていたら、ゆさゆさされて視界が揺れた。

「ちょっと！　四伯おじさん。何をぼけっとしているの？　そろそろ順番だよ」

　隣に座る芽衣に小突かれておれは、はっ。
　ただいま本戦の組み合わせ抽選会の真っ最中。
　甲子園とか同じで、呼ばれた代表が壇上にあがってクジを引き、番号によって試合順が決まる。

　泣いても笑っても一発勝負のトーナメント戦。
　ＡブロックとＢブロックにて、全十六チームが出場する。
　すでに半分ほど埋まっており、オコジョくのいちのかげり率いるチーム・新生パンドラはＡブロックに振り分けられている。姫路アニマルキングダムの選抜チームも同じブロックにて、このふたつが大本命であろう。
　と言い切りたいところではあるが、さにあらず。
　同じブロックにカラス天狗どものチームも混じっている。ゲスト参加だが、なにせ鼻っ柱とプライドの高い連中。空気を読まずに優勝を獲るつもり満々。
　単純な身体能力や、技量、戦闘力であれば動物も引けはとらない。だが天狗には妖術の類がある。それをどこまで解禁するかが、勝敗の行方を左右するであろう。

　でもってＢブロックの方には、蛾舎泰造がリーダーを務めるロストブラッドに、屋島太三郎狸の直系のお嬢さまである平多紀理（たいらたぎり）が率いる四国連合、鬼のゲストチームに、なぜだか人魚族のチームまでしれっと参加していやがるっ！
　そうそうたる面子にて、ぶっちゃけどっちのブロックにも入りたくない。心の底から棄権したい！

　なんぞと嘆きつつも、おれの頭の片隅にずっと引っかかっていたのは、昨夜のかげりの発言のこと。

「どうして、そんなつまらなそうな顔をしているんだよ」

　との問いかけに対して、彼女はこう答えたのである。

「ボタンがあるとつい押したくならない？　ぐらぐらしている歯があったら抜きたくなるでしょう？　たまに道端に落ちてる小石や空き缶を蹴飛ばしたくなることってない？　ジグソーパズルとか、こつこつ作るのが楽しいって話はよく聞くけど、じつは完成した品をあえて自らの手でぐちゃりと崩すのもけっこう楽しいのよ。
　そしていまの世の中ってば、とってもぐらぐらしていると思わない？
　表面上は穏やかな均衡を保って平和なフリをしているけど、ちょっと裏側をのぞけば本音が透けて見えている。口ではいくら小綺麗なお題目を並べたところで、みんな本心では自分が可愛くてしようがないの。だからほんの少し小突いただけで、すぐに反目して分断しバラバラになってしまう。
　脆いわ、本当にとても脆くてはかなくて……。そのくせいったん砕けると、もの凄い反発を起こすの。反動が巻き起こるのよ。
　その瞬間だけは、みんな本性をさらけ出し必死になる。誰もが野生に還るの。ほとばしる情熱が身も心も焦がすの。
　それらを前にした時、私は初めて『自分はたしかにこの世界で生きている』と実感できるのよ。だから私は壊すの、この仮初の平穏を」

　狂人の戯言。
　と一笑に付したいところだが、実際に行動をともなっているがゆえに、しゃれにならない。
　あまりにも価値観が違い過ぎて歩み寄れない。理解できない。認められない。
　だがそれは向こうも同じ。彼女からすればおれたちこそが異星人みたいなもの。
　オコジョくのいちかげり。
　彼女もまた身の内に怪物を飼っている者のうちのひとり。
　そのことをまざまざと突きつけられて、おれは何も言い返せなかった。

　　◇

　司会者に名前を呼ばれ、おれは壇上へと。
　箱に手を突っ込んで、中に入っているボールたちをがさごそがさごそ。
　適当なひとつを掴んで、「えいや」と取り出す。
　ボールに表示されてある数字はナンバー十五。
　ということはＢブロックの端の方にて、一回戦最終となる第八試合、そして対戦相手はチーム益荒男（ますらお）。東西の武辺者で構成されたチームにて、メンバー全員が槍や太刀を手にしている。その中には知った顔も混じっていた。

　佐々木アルフォート。
　朱鞘に納まった長刀を背に持つ、すらりとした立ち姿の偉丈夫。
　久万句弓一刀流（くまくていっとうりゅう）免許皆伝の猛者。その正体はハスキーとドーベルマンのミックス犬にて、やせマッチョに銀の毛並みを持つ。四肢も鼻筋も長い美犬士。かつては宮本めざしのライバルとして切磋琢磨する仲であったが、宮本めざしが堕ちて道をたがえたことにより誼は途絶えた。
　以来、道を誤った友を救うべく、修行に励んでいた佐々木アルフォート。
　きっと馳せ参じるとは思っていたが、よもやいきなりぶつかることになろうとは……。