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844 裏壮行会
しおりを挟む「あら、おじさま、素敵。よろしければごいっしょにいかが?」
「ねえねえ、いっしょに飲もうよぉ」
駅近くの馴染みの立ち飲み屋で、おれが紅ショウガ天ぷらをかじりつつ、チビチビ日本酒を舐めていたときのことである。
若い女の子のふたり組から声をかけられた。
ふっ、時代は変わったな。ほんのひと昔前までは、立ち飲み屋といえば呑兵衛どもの聖地にて、若い娘なんぞは寄りつきやしなかったというのに……。
それがいまでは客層を問わず場所にこだわらずだ。ざっくばらんにサバサバと我が道を征くのがトレンディ。臆することなく暖簾をくぐっては、この雰囲気を愉しむようになっているのだから、世の中、何が流行してどう転ぶのかなんてわからないものである。
若い娘に誘われる。
以前のおれであれば、すぐに鼻の下をのばしてデレデレしていたことであろう。
だがしかーし、おれはちゃんと学習している。
世の中、そんなウマイ話なんぞはありやしないということを。
モテ期なんぞは幻想の都市伝説に過ぎないということを。
宗教の勧誘か? はたまたデート商法か? もしくはボッタクリバーへの客引き? それとも美人局?
これまで伊達に女絡みで何度も痛い目はみていない。珍獣はいささか物覚えが悪いものの、けっして愚かではないのだ。
よって、おれは余裕の笑みにて「ありがとう。でも遠慮しておくよ。いまはちょっとひとりで飲みたい気分なんだ」とやんわり誘いを断わった。
……はずなのだが、どうしてこうなった?
十人ばかりが肩寄せ合ってやっとという大きさしかないカウンター席。
右からのお誘いに「ごめんね」とお断り。すると今度は左側にいた別のふたり組から「だったらうちらと飲もうよ」「そうよそうよ」なんぞと誘われる。
この時点で、立ち飲み屋にいた客はおれをいれて七人。
うち男は三人。
かつてない女性比率、うらぶれた店の雰囲気がとたんに華やかなガールズバー風に変わった! だが驚きの変化はまだまだ続く。
居心地が悪くなったのか、そそくさと男性客らが相次いで「お勘定」と言って店を出た。これに入れ替わるようにして、またまた女性客が来店。
気がつけばおれ以外の客がすべて若い女性で満員御礼という、異常事態に!
姉ちゃんたちがジョッキ片手に「「「かんぱ~い」」」
仲良く肩を組んでは陽気にはしゃぐ。
明るい雰囲気にて微塵も陰はない。
この中で「ほらほら、おじさんもぉ」とつがれた酒を毅然と断われるヤツがいたら教えてほしい。おれには無理だった。しようがないのでお義理でつき合い、さっさと退散しようとしたのだが……。
◇
はっと気がついたら、目隠しをされて椅子に縛られていた。
どうやら一服盛られて拉致されたらしい。
「ちっ、またこのパターンかよ。おっさんをさらって誰トクだってんだ。絵面が映えないんだよ。さらわれるのは可愛いお姫さまの専売特許だろうに」
悪態をつきながらおれは耳で周囲の様子をうかがう。
すると暗闇の向こうにざわざわと蠢く気配がする。
多いな、二十、いや、三十はいるか。それに車のエンジン音とか、外の音がまるで聞こえやしないところをみると、ここは壁の厚い建物の中か、あるいは郊外の場所ということか。
さてと、どうしたものやら。拘束なんぞは化け術でどうとでもなるけど。
なんぞと考えていたら背後より近づく何者かの気配。
そしていきなりはずされた目隠し。
とたんに世界が陰から陽へと変わって、あまりの眩しさにおれは目を細める。
やがて明るさに慣れてくると、見えてきたのは華やかなパーティー会場の光景。
ただし参加者たちの服装がおかしい。
まず目についたのが昭和の戦隊ヒーローみたいな格好をした、色とりどりの男女の姿。これが三十ばかりもいる。
帰ってきたピンポンレンジャー……。
だがおかしい。なんだか数が多いぞ!
あとは背中に「XX」の文字がデカデカとプリンとされた黄色のパーカーに、黒の目指し帽、ジーンズに緑のラインが入ったスニーカーを履いた格好をした男、怪人インソールダブルエックス!
そしておれのすぐ脇に立つのは、お馴染みの白いタキシード仮面。探偵の宿敵、怪盗ワンヒール!
でもってなぜだか会場の壁際に設置されたビュッフェコーナーにて、がっついているうちのタヌキ娘の姿までっ!
高月が誇る変態三巨頭プラスおまけが揃い踏み。
唖然として固まっているおれに、ワンヒールが渋い声でそっと囁いた。
「尾白探偵、裏壮行会へようこそ」
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