おじろよんぱく、何者?

月芝

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832 駆除

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 高月は北部、天神さんの神社にある鎮守の森。そこの木々を抜けるのは「ブーン」という不快な羽音。
 黄と黒の縞模様が宙を舞っている。
 狂暴さでは他の追随を許さないスズメバチだ。

 その毒針に手を刺されれば、たちまち野球のグローブほどにもなって、激痛に見舞われ、これが数日も続く。恐ろしいことに死骸にもしっかり毒が残っており、こいつをうっかり踏んだりしたら、足がパンパンになってスキーシューズのようになっちまうこともある。針はぶっとく丈夫にて、ちょっとした釘ぐらいを想定したほうがいいほど。刺さる角度にもよるけど、靴下や薄いサンダルぐらいならば貫通することさえもある。
 極めて好戦的な性格にて、巣に近づく者あらば、たちまちわらわら出撃。時代劇の悪の手先ばりにぞろぞろあらわれては、群れにて問答無用で襲いかかってくる。
 これがまた執拗にて、いったんロックオンしたらかなり巣から離れたところにまでも追いかけてくる。全方位から寄ってたかってブーン、ちくちくとタコ殴りされるのだから、たまらない。

 巣はあっという間に大きくなるし、どこにでも作るし、数も増えまくるし、ぎちぎち威嚇音がおっかないし、ちゃっかり人間の都市にも順応しているから始末が悪い。

「そんなスズメバチが鎮守の森に巣を作っている。なんとかしてちょうだい!」

 ショーンから泣きつかれた。
 いや、これって探偵の仕事じゃなくね? 駆除業者を呼べよ。
 なんぞと思わなくもないのだが、なにせ尾白探偵事務所は零細の個人事業。回ってくる仕事の色好みなんぞをしている余裕はない。どこぞの居酒屋みたいに「はい、よろこんで!」スタイルが基本である。
 というか、じつはうちではネズミやらイタチにアライグマなどの害獣でお悩みの相談は、随時受け付けている。
 なにせこちとら同じ畜生だもので。
 話せばわかるから動物関連はお手の物、交渉役としては最適なのである。
 でも昆虫類はその範疇から逸脱しているよね?
 との疑問はごもっとも。だがうちは半分、何でも屋みたいなものだから、ついでとばかりに害虫の駆除も引き受けているのだ。

「っていうかショーン、おまえも仮にもクマの仲間なんだから自分でやっつければいいだろうに」
「無茶を言うなよ。こちとらクマはクマでもキュートでラブリーなアナグマなんだぞ! あんな昆虫ギャングどもを相手にしてられるかっ」

 情報屋ショーンの正体はアナグマ。
 本名は六助といい、この鎮守の森に住んでおり、生意気にも妻帯者にて子だくさんである。
 今回は近所に迷惑な一家が引っ越してきたもので、どうにかしてとのご依頼。

  ◇

 安全な距離をとり、ふらふら飛んでいるスズメバチの動向を探る。
 そうして突き止めた巣の場所に、おれは「げっ」とうめき、「うわっ」と芽衣はしかめっ面。
 巣は木の上ではなくて、木の根元、洞および地面の下に半ば埋まっているっぽい。
 枝下や軒先などにモロ出しならば防護服を着込んで、煙式の殺虫剤を巣にぶち込んで蓋をして待つことしばし。あとは叩き落として丸っと回収するだけですむ。
 でも地面の下となると規模がわからない。煙もうまいこと充満しにくく、地形が邪魔をして作業も難航する。というか土堀が面倒くさい。

「どうします、四伯おじさん。いっそのことショベルカーとかユンボにでもなって、木を薙ぎ倒していっきに堀り起こしちゃいますか?」
「うーん、そうしたいのは山々だが、ここは鎮守の森だしなぁ。勝手をしたら罰が当たりそうというか、それ以前に神主さんがめちゃくちゃ怒るだろうし」
「おまえたち、祭のイベントで建物の屋根を半壊させているだろう。さすがに続けてはヤバいと思うぞ」

 ショーンの発言にはいささか事実と異なる点があるので、ちょいと訂正しておく。
 天神さんのお祭りのイベントのひとつとして開催されたメイド王決定戦。そのおり最終決戦にて境内でわちゃわちゃした際に、ドカンと拝殿の軒先と屋根の一部を吹き飛ばし、吊るしてあった本坪鈴を叩き落としてへこませたのはアニマルメイドロボの零号であって、けっしておれたちではない。
 もっともそのイベントを企画して、零号を投入したのはおれこと尾白四伯ではあったが……。

  ◇

 えーこほん、いささか話が横道にそれたので本筋に戻そう。
 肝心の駆除対象であるスズメバチの巣は地面の中。
 ここは神聖なる鎮守の森にて無茶はできない。
 そこでボストンバックにて持ち込んだ防護服を着込む探偵と助手。
 面倒だが手順に乗っ取って、通常の駆除方法を選択する。
 だがしかし、よもやのハプニングにて駆除どころではなくなってしまった!

「へっ?」

 薬を散布し、敵勢を無力化してからせっせと巣を掘り出す作業中のことである。
 不意に足下がずぼっとへこんで、視界がぐんと下がったのは芽衣。どうやら巣のある一帯の下が空洞になっていたらしい。
 そんな場所でがちゃげちゃ作業をしていたもので、ついに地盤が崩れてしまった模様。
 たちまち下半身が埋まってしまし、はずみでスズメバチの巣をも踏み潰したタヌキ娘。
 このままでは生き埋めになりかねない。あわててのばした手が掴んだのはおれの足首。

「わっ、バカ、こら離せ! おれまで落ちちまうだろうがっ」
「イヤだっ、こうなれば死なばもろとも。いっしょに逝こう」

 まさかの無理心中宣言!

「冗談じゃない」と抵抗する探偵。
「離すもんか」と食らいつく助手。

 協力して抜け出すという発想がないふたりは、オロオロするばかりのショーンが見ている前で、ついに地の底へと呑み込まれてしまった。


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