830 / 1,029
830 ロス現象
しおりを挟む愛娘が帰ったとたんに、おれの周囲で起きたのは伯魅ロス現象である。
探偵事務所は火が消えたように静かとなり、以前にも増したシケシケ具合。
とはいえ良くも悪くも元通り。でも珍しくしらたきさんがポロリと湯飲みを落として割った。彼女は女性の怨念が凝り固まって産まれた白い腕の怪異。その分、母性も強いらしく率先して子守りを引き受けてくれていたから、やっぱり寂しいのかもしれない。
芽衣はちょいちょいタエちゃんやミワちゃん、桔梗らを誘ってはカラオケにしけこむ機会が増えた。
事務所のある雑居ビルは、もとの胡散臭さい雰囲気に包まれて、二階のスナック「昇天」では花伝オーナーが不機嫌そうに葉巻をぷかぷか。
高月中央商店街の面々も軒並み「はぁ」とため息。
商会長は「どうしてうちの孫は、クソ生意気な野郎ばかりなんだろう」としんみり。
パン屋「森のくまさん」の女神、木崎小百合(きざきさゆり)さんは「そろそろうちも」なんぞとパン職人の旦那に意味深な視線を送っては、無自覚に彼女の信者たちを絶望の縁へと叩き落としている。
いきつけのバー「フェール・アン・ドゥトール」のマスターである柴田将暉(しばたまさき)は、「元気で明るくて、本当にいい子でしたねえ。寂しくなります」とつぶやきながら、カフェメニューからうちの愛娘のお気に入りであったプリンアラモードを削除した。
古書店「知恵の森」の店主である母玄福郎(もぐろふくろう)は、従業員のアニマルメイドロボ零号に「児童書と絵本の特設コーナーはもういい。もとに戻しておいてくれ」と指示して自身は店の奥へと引っ込んだ。
テイクアウト専門のからあげ店「鳥勝」の店主である白羽次郎は、からあげをうれしそうに頬張る伯魅の写真をスマートフォンの待ち受け画面にしており、ことあるごとにそれを眺めては「いっそのこと、うちのマスコットガールになってくれないかなぁ。あと本当に尾白に似なくてよかった」とぶつくさ。
ケーキショップ「幸蔵」にて店番のパートをしている神戸京子(かんべきょうこ)は、「やっぱり女の子は可愛いわよねえ。なんといっても華があるし、磨けばピカピカに光るんだもの。それに比べて男の子はダメね。どんどん薄汚れていくばかりなんだから。ったくうちの男どもときたら、もう」とグチが止まらない。
うーん、彼女の家庭でいったい何が……。
古き良きゲームセンター「デジボーグ」の店主である比五椎演人(ひしいえんと)は、黙々と壁に貼られていた店内禁煙と達筆で書かれた半紙を剥し、片付けていた灰皿を戻し、照明の明度も落とし、駄菓子売り場も縮小、通常の営業スタイルに移行しつつ「短い間だったが、いい夢がみれたよ」と遠い目をした。
この他には、日頃から商店街に生息している爺婆連中も、伯魅がいなくなってそろってしゅんとなって萎れた。
なにせいまどきアメ玉やキャラメルひとつで、ニパッといい笑顔。「ありがとう!」と礼を言ってくれる子なんてそうそういやしないんだもの。
肩が凝ると言えば「だいじょうぶ?」とトントンしてくれる。
腰が傷むと言えば「いたいのいたいのとんでいけ」とさすりながらのおまじない。
立ち上がるときによろければ、たちまち駆け寄り、小さな手をさしのべてくれる。
ちょっとしたうんちくやら、先人の知恵を披露すれば、うざそうな顔もせずに「ふんふん」と真剣に耳を傾けては、「へー、すごいねえ」と感心する。
あげくに抱きついてきては、鼻をスンスンさせながら「なんだかいいニオイがするよ」とうれしいことを言ってくれる。
「うちのケバい孫娘とはえらいちがいじゃ!」
「あー、ことあるごとに小遣いをせびるばかりのバカ孫とチェンジしたい!」
「昔は跡継ぎの男の子こそ第一だったが、いまや時代は断然女の子じゃ!」
「どうしてワシはあの子の祖父じゃなかったんだろう。神さまのいけず!」
「まだ諦めるのは早すぎる。人生八十年時代、新たに孫よ、かもーん!」
「いやいや、さすがに厳しいじゃろう。ここはいっそひ孫に賭けるというのも」
「というか、どうしてあんなしようもない男から、あれほどの素晴らしい子が生まれたんだろう?」
「たしかに……トンビがタカどころじゃないぞ」
「はっ、もしや天変地異の前触れか! 恐怖の大王でハルマゲドンか!」
「恐怖の大王って……。昭和レトロにもほどがある。いまどきの若いもんは知らないよ、きっと」
「「「「えっ、そうなの?」」」」
ジェネレーションギャップに驚く爺婆たち。
萎れているわりには、よくくっちゃべっているので、まぁ、放っておいても心配はいらないだろう。なにせ昭和産まれはモーレツにて骨太で、とってもタフだからな。
でもって、おれこと尾白四伯はどうかというと……。
ガッツリ、伯魅ロスになっているものの、せっせと仕事に精を出している。
いや、しばらくは呆けていたよ。パチンコ屋で日がな一日だらだら過ごしたりしていたんだけど、心配して様子を見に来たトラ美に背中をばしんと叩かれて、こう言われちまった。
「しゃんとしなよ、尾白さん。そんなことじゃあ伯魅ちゃんに嫌われちまうよ。がんばれ、パパ」
不甲斐ないおれはトラ美に喝を入れられて目が醒めた。
というわけで、しばらく放置して溜め込んでいた仕事を、獣王武闘会本戦までの間にちくちく消化している。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」
まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。
気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。
私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。
母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。
父を断罪できるチャンスは今しかない。
「お父様は悪くないの!
お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお父様はお母様に毒をもったの!
お願いお父様を捕まえないで!」
私は声の限りに叫んでいた。
心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。
※他サイトにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※タイトル変更しました。
旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる