おじろよんぱく、何者？

797 混ぜるな危険

　
　聚楽第（じゅらくてい）。
　それは動物至上主義を掲げ、人類抹殺もしくは隷属化を目論むナゾの過激派集団。
　現在の組織のトップはウル。
　まるで黒い亡霊のような男にて、どうにも得体の知れないヤツ。しかし実力は本物……。
　かつてぶらりと高月の地へと来訪したおりには、近在の実力者たちが総出で立ち向かったのにもかかわらず、与えられたのはほんのかすり傷程度。最後はおれがカタパルトに化けて、強引にお帰り願うことでどうにか退けるのに成功した。

　そんな怪物ウルの旗下もクセモノ揃い。
　各地で起こる動物絡みの騒動の裏では、必ずといっていいほど一枚噛んでは暗躍しているオコジョくのいち・かげり。
　最強のインフルエンサーにして、人類最強の影響力を保有していると言っても過言ではないトップモデルのルクレツィア・ギアハート。
　総帥ウルに心酔し闇堕ち、炎龍の剣のチカラを得て獣外領域へと足を踏み入れたネコ剣豪の宮本めざし。
　秩序を嘲笑い、闘争を好み、勝手気ままに奪い、犯し、喰らうを繰り返す。本能のままに、いいや、歪んだ欲望のままに動く銀毛のトラ。「銀禍」の異名を持つトラ狂女の英円（はなふさまどか）。
　自律可動型アニマルロボシリーズをはじめとして、数多の発明品や研究成果により組織を裏から支える、マッドサイエンティストの暮来真理（くれこまり）。
　これらをメインにして、その下には手強いムササビ忍軍の羽茶組をはじめとして、種族の垣根を越えた協力者および勢力を世界中に多数抱えている。

　総帥ウルが最古の忍びの血を有する芝生綾に、強い興味を示しているのは確か。
　当然だろう。もしも彼女のチカラを手に入れることが出来たならば、それすなわち動物界を手中にしたようなものなのだから。
　しかしことはそう簡単にはいかない。
　なぜなら芝生綾の中には「何か」が潜み、彼女を守護しているからだ。
　幸か不幸か、なんどかその「何か」さんと言葉を交わす機会を得たおれだから断言できる。あれはけっしてちょっかいを出してはいけない相手。
　でもそんなことは聚楽第の連中もとっくにわかっている。
　だからこそ今回のような絡め手を使ってきたのであろう。

「こっちでも引き続き調べてみるけど、尾白くんもちょっと気にかけておいてよね」

　報告がてら情報の共有をしておきたかったという安満中さん。
　おれは「わかった」と返事をし保健室を辞去し、職員室へと向かう。少し話し込み過ぎた。約束の時間まで残り五分ほどしかない。一服したい気分だがちょっと無理そうなので、あきらめて早足にて廊下を進む。
　にしても聚楽第のヤツらめ……。
　獣王武闘会本戦で何かを仕掛けるつもりなのはわかっていたが、人や天狗に鬼らまで挑発して、存分に対立を煽っただけでは飽き足らず、よもやそこに綾ちゃん先生をもぶっ込むだなんて、連中は正気なのか？　混ぜたら危険なシロモノを一か所に集めて、いったい何をたくらんでいやがる？

　と、おれはそこで思考を中断する。
　職員室に到着したからだ。
　おれはさっと自分の身なりをチェックしてから、扉をノックした。

　　◇

　今回の呼び出し、てっきり、おれ、芽衣、綾ちゃん先生の三者面談かとおもいきや、もうひとりスペシャルゲストがいた。
　それは教頭先生である。
　教育ひと筋うん十年のオールドミスは、年上好きの熟女好きの生徒たちから絶大な支持を受けている。とても教育熱心であるがゆえに、ちょいちょい生徒だけでなく教師たちも指導する。自分にも他人にも厳格だけれども、愛があるのでなんだかんだで慕われているいい女。

　面談に関しては、先生たちが事前に芽衣の実家と連絡をとっていたこともあって、さほど紛糾するような事態にはならない。
　とはいえ仮にも保護者という立場ならば、もう少し若い娘に気を配るべきうんぬんかんぬんというお小言を頂戴する。
　ずり下がった眼鏡をくいとあげながら、教頭先生からちくちく責められて、おれは終始うつむき背を丸めて縮こまるばかり。
　いい歳をした大人が、いい歳をした大人から説教されるのは、とても堪えるのだ。

　だというのにである。元凶となったタヌキ娘は、まるで他人事のように隣で涼しい顔をしている。
　ムカついたので、おれがむぎゅっと足を踏んでやると、即座に蹴り返してきた芽衣。だからおれも蹴り返す。
　そうして机の下でゲシゲシやりあっていたら、それがバレて綾ちゃん先生からはジト目とため息をもらい、教頭先生からはしこたま怒られた。

　お説教タイムは二時間半も続く。
　おっさんはひさしぶりにベソをかき、鼻をすすった。
　ようやく解放されたときには、とっぷり陽が暮れていた。
　そしてようやく解放されたとおもったら、お土産に一通の請求書を渡された。

『銅像の腕の修理代、金八萬円』

　どうやら芽衣がまたやらかしたらしい。
　今回の呼び出しはこれ込みの話であったようだ。

「……おい、聞いてねえぞ。こいつはどういうことだ？」

　さっそく説明を求めようとするも、隣に顔を向ければ芽衣の姿は忽然と消えていた。
　ぴゅーっと逃げ出したタヌキ娘、その姿ははやくも校門を抜けようとしている。

「ふざけんな、待てこらっ！」

　おれはわめきながらあとを追う。
　そんな探偵と助手を見送る女教師と教頭がそろって「やれやれ」と嘆息。