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784 ミイラ業界の裏事情
しおりを挟む千祭史郎らの目の前で起き上がった男女二体のミイラ。
目の前にいる彼らをそっちのけで、いきなり言い争いを始める。
口火を切ったのは女のミイラ。
「もういやっ! こんな生活。ねえ、あなた、知ってるの? 私が本国でどれだけ肩身が狭い思いをしているのかを。
他の王妃仲間たちは行く先々で、それはもう盛大に歓待されて、ちやほやされているっていうのに、うちときたら……。
ずっと物置みたいなところに閉じ込められての冷や飯喰らい。
ようやく陽の目を見られたとおもったら、周囲を贋物に囲まれたあげくに閑古鳥。クソガキどもにまで鼻で笑われ小馬鹿にされる始末。
あんまりだわ! 惨めにもほどがある。あぁ、帰ったらまた周囲からねちねちと嫌味を言われるんだわ」
このミイラ業界、なんといっても一番人気の花形はツタンカーメン系とそれに連なる一門。
若くミステリアスな当人を筆頭に、豪華かつ芸術性にも優れた宝物の数々、圧倒的知名度、ちょっと怖い呪いの話などなど。
神秘かつ万人を惹きつけるドキドキわくわく要素に溢れており、不動の人気を誇っている。
各地でイベントを開催すれば老若男女の来場者が連日鈴なり。グッズも飛ぶように売れる。宝物関連の写真集なんぞは重版に重版をかさねまくって、いまや何版目か数えるのも馬鹿らしいほどのベストセラー。関連する研究や書籍の出版も途切れたことがない。
ミイラの棺や埋葬品のレベルは生前の立場や文明の成熟度に比例する。
隆盛を誇り、華やかなりし時代の遺物であれば、それはもう煌びやかだったりする。
だが当然ながら、すべての時代が安定していたわけではない。長い歴史の中には山あり谷あり窮地あり。
「うわぁ、前王が阿呆だったせいで、財政が火の車だよ。国庫がすっからかんだ。よし、節約するぞ!」
という損な役回りを担わされる王さまもいたはず。
あるいは「死んでから金なんぞかけるな! そんな無駄なことをするぐらいならば、治水工事にでもまわせ」という剛毅な王さまもいただろう。
または盗掘なんぞも横行し、せっかく気合いを入れてDIYした墓所を荒らされたせいで、くちゃくちゃにされた王さまも多い。
でもって亀松百貨店の五階催事場にて、夜ごと嘆いている王妃さまのミイラなのだが、どうやら谷間も谷間のどん底の時期に、王家に嫁いでしまったらしい。
これで左うちわで生涯安泰のウハウハ、美少年の二三人でも囲って侍らせてやろうかと思いきや、嫁いでみたら待っていたのは清貧という名の慎ましやかな質素倹約生活。
生前にも苦労したというのに、死んでからもそれが続く。
そんな夫婦生活に彼女はすっかり嫌気がさしているようだ。
「この甲斐性なしの穀潰し(ごくつぶし)! 能無し! 口だけの外面男! あんぽんたん! おたんこなすっ!」
キーキーと甲高い声で責められる王さまのミイラ、負けじとここで反論。
「さっきから黙って聞いておれば好き放題言いおってからに。だったらこっちも言わせてもらうが、それもこれもおまえが見栄をはって、装飾品を山ほど墓に持ち込んだのが、そもそもの原因じゃないか! おかげで墓荒らしどもに目をつけられてこのざまだっ」
せっかく生前にがんばったことを描がかせた色彩豊かな壁画も、いかに自分が国に貢献した偉大な王であったのかを記した自分史のパピルスも、盗掘のどさくさにまぎれて破壊されたり紛失してそれっきり。いまなお世に出ていないことからして、とっくに塵へと還っているのにちがいあるまい。
かくしてがらんどうとなった墓所。
あとに残されたのは、表面の金になりそうな装飾のところまで削り盗られたぼろぼろの棺と、「誰だ、これ?」となった正体不明に王さまと王妃さまのミイラのみ。
せめて身元がはっきりしていれば、それ相応の扱いも受けられるのだが、いまとなってはそれを証明する手立てがない。
男女のミイラ。「おまえが悪い」「あんたのせいよ」とやかましい。
そのうち取っ組み合いを始めたもので、千祭史郎らはげんなり。
すると桜花探偵事務所高月支店チームのうちの誰かがぽつりと言った。
「でも、本体だけでも残ってラッキーかも。なにせ、昔はミイラを霊薬としてありがたがって、同じ重さの砂金と交換していたなんて時代もありましたから」
江戸時代のことである。
木乃伊(みいら)は貴重な薬だった。
もっとも品が品なもので、おおっぴろに取引はされておらず、地下でこっそりと。
えっ、効果?
あははは、ないない。
これを煎じて飲むぐらいならば、まだそこらへんに落ちてるミミズの干物でもかじっていたほうがマシ。よほどギンギンになれるというもの。
なのにそんなシロモノをありがたがって大枚をはたくのは、人間が人間たるゆえであろう。ヒトという生き物はとかく不可解にて、無駄と矛盾の塊なのである。
ついにポカポカと殴り合をはじめたミイラたち。
パラパラと粉が舞い、とたんに周囲が埃っぽくなり、千祭史郎は口元にハンカチをあててのしかめっ面にて部下に命じる。
「とりあえず二人を引き離して。こんなのでも借り物、いちおう本物みたいだし、うっかり破損したら最悪、国際問題になりかねないわ」
だから王さまのミイラと王妃のミイラをそれぞれ羽交い絞めにして、引き離そうとしたのだが、そのときのことであった。
「「無礼者っ!」」
これまでの仲の悪さが嘘のように完璧にハモッたふたり。
とたんにその身からしゅるしゅるとのびたのは包帯。それが幾本もあらわれては、まるで生きているかのように動き、一斉に襲いかかってきた。
見た目はボロなのにやたらと頑強な包帯。
千祭史郎らはたちまちぐるぐる巻きにされて、「むががががっ!」
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