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777 夜の百貨店
しおりを挟むギィと音がして開いたのは探偵事務所の玄関ドア。
とたんに室内に漂ってきたのは、鼻と目にツーンとくる昔ながらの湿布臭。
鼻の奥がむずむず、「へくちっ」とくしゃみをしたのは、デスクにかじりついて依頼人に渡す報告書を作成していた、おれこと尾白四伯。
「ただいま~」
顔をみせたのは助手のタヌキ娘。獣王武闘会本戦へとむけた修行のために、ヘビの里へと行っていた芽衣が帰還。
したのはいいものの、全身が湿布と包帯まみれ。
「おかえり芽衣。その様子だと、相当にハードだったみたいだな」
テッシュで鼻をちーんとしつつ、おれが声をかければ「まあね」とない胸をそらし、ふんすかタヌキ娘。
よくわからんが、なにやらすごい自信だ。
けれどもおれはジト目の半信半疑。少なくとも見た目はちっとも変わっていない。いや、どちらかといえばダメージを喰らってボロボロっぽい気がしなくもない。
どっかと来客用のソファーに腰を降ろした芽衣は、第二助手のしらたきさんが淹れてくれた熱いお茶をふうふうしつつ。
「あー、やっぱりしらたきさんのお茶が一番おいしい。なにより、ほっとするね。熱々なだけに」
自分で言いながら「ゲシシ」と笑うタヌキ娘。
気のせいであろうか? 心なしか女子高生がオヤジ臭くなっている……。いや、それよりももうちょい上の世代、年寄り臭くなっているのか。
言動というのは周囲の環境に左右されやすい。
方言やイントネーションなんかが特に顕著で、余所者であってもしばらくその地に住んでいると、自然と染まって方言を使うようになっていたりするもの。
どうやらヘビの里はお年寄りが多い土地であったようだ。
「いやぁ、まいったよ。おばばさま、めちゃくちゃ強いんだもの。最後の最後でどうにか一発入れられたけど、それでもせいぜいかすった程度だし。あと美魔女だし。それから財部さんってハワイアンのおっさんがヤバい。あれはもはや怪獣」
美魔女にハワイアンに怪獣?
芽衣がわけのわからないことを、ぺらぺら喋っているのを「へえー」と適当に聞き流しつつ、おれはふたたび報告書に顔を向けようとしたのだが、その時のことであった。
RRRRRR……。
事務所の電話が鳴ったもので、受話器をとる。
依頼の電話にて、すぐに来てほしいとのこと。
急な話だが相手が相手なので、おれは「わかりました。すぐに伺います」と言って電話を切った。
書きかけの報告書を引き出しにしまい、席を立つ。
「依頼が入ったの、四伯おじさん」
「あぁ、上得意さんがなにやら困っているらしい。だからちょっと行ってくる。芽衣はどうする?」
「上得意さんってことは、亀松百貨店か……。だったらわたしも行く!」
修行から帰ってきたばかりだというのに、やたらとフットワークが軽い芽衣。
だからとて仕事熱心というわけではない。目的はデパ地下の食料品売り場の試食だ。あとは来客に出されるお茶請け。
なにせクライアントが百貨店ともなれば、出されるお茶ひとつとっても上等なモノ。運がよければケーキぐらい出てくるかもしれない。
探偵の目は誤魔化せない。
おれはタヌキ娘の魂胆に呆れつつ、ジャケットを羽織った。
◇
煌びやかな百貨店の店内は、営業時間を終えシャッターが閉じられたとたんに、雰囲気が一変する。
落とされた照明、すっかり人気(ひとけ)が失せた静なる空間には、物言わぬ品々ばかりがずらり。
学校やオフィスビルなどでもそうだが、日中との落差が激しい場所というのは、感じる寂しさがひとしお。
ならば夜の百貨店が完全に無人になっているのかといえば、じつはそうでもない。
次の企画のための売り場を急ピッチで仕上げているグループ、バックヤードで荷物の整理をしたり搬入をする者、残業している事務員、人知れずデパートを守る警備員などなど。
イベントごとが立て込んでいる時期ともなれば、それこそ寝袋を持ち込んでの泊まり込みなんてことも珍しくはない。
でも、だからこそ、それは知られることになる。
ある警備員が夜の巡回をしていたときのこと。
ちょうど服飾売り場を通りがかれば、背後にカツンカツンと足音がする。
ハイヒールの音だ。
てっきり残業をしている女性社員だろう、おおかたトイレにでも行くつもりなのかと、とくに気にも止めずに警備員はふたたび歩きだす。
しかし足音が止むどころか、むしろより近づいてきているような気がして、はっとしてふり返ったところ……。
「それが、なんと! 女のマネキンだったというんですよ」
額の汗をハンカチでふきふきしながら、そう言ったのは百貨店の支配人さん。
わざわざ怪談風に話してくれたのはいいけれども、語り口がいまいちにて、あんまり怖くなくて、探偵と助手は「へー」
というか動物は基本的に怪談とか幽霊はへっちゃら。
だからいまいちピンとこない。
そしてそれは支配人さんも同じはずなのに。なにせここ亀松百貨店の創業者一族はカメなのだから。
なのにどうして探偵に「なんとかして欲しい」と泣きついたのかというと、それは従業員の大半が普通の人間たちだからである。
繊細な神経を持つヒトという生き物は、とかくこの手の話を怖がる。
動くマネキン以外にも、いくつも怪奇現象が起こっており、このままでは業務に支障をきたすばかりか、表に出たら売上にも悪影響が出かねない。その前に解決してほしいというのが今回のご依頼。
「おおかた忍び込んだ毛玉が悪さをしているんでしょう。わかりました、我が尾白探偵事務所におまかせください」
「よろしく頼みましたよ、尾白さん」
あとは笑顔で握手をして契約成立。
というところで、トントンとドアをノックする音がして、「その契約、ちょっと待った!」と乱入してきたのは、誰あろうドーベルマンカマ。
全国展開している桜花探偵事務所の高月支店を預かる千祭史郎。
よもやの横槍をグサリっ!
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