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772 十倍闇組み手の間
しおりを挟む襲撃者たちは全身黒ずくめ。
腰を落とし這うよう姿勢。身を低くし、周囲の闇にまぎれるような格好にて忍び寄る。優れた隠形の術。わかりにくい。
かとおもえば一転して気配を隠すのをやめた。
しかしそれは襲われる側である芽衣からすると、レーダーにいきなり敵影を示す赤い点々がピコンピコンと多数あらわれたようなもの。
仲間と分断されただけでなく、すでに囲まれている!
焦る芽衣、どうにかしてそれから逃れようと駆ける。
だがその動きに合わせて包囲も動く。
さなかのこと、向かってくる圧を感じ、芽衣はとっさに頭を下げた。間髪入れずに頭上を通り過ぎたのは「ぶぅん」という音。おそらくは拳による打撃であろう。
芽衣はすぐさま攻撃が飛んできた方の闇をにらむ。しかしそのときにはもう何者の姿も確認できなかった。
かとおもえば、今度は足下を払うかのような一撃。
蹴り? 確認する暇もなく芽衣は跳ねてこれをかわす。
でも宙にて無防備になったところを、今度は左右の横合いから襲われた。
腕で左からの一撃を払いつつ、身をよじって右からの一撃を回避。だが背を向けた瞬間、襟首をぐいっと引っ張られて、芽衣は「ぐえっ」
連撃の合間にどこぞよりのびてきた手。掴まれた芽衣の身は強引に引き倒されてしまう。
ヘビたちが遣う武「累」は組み技こそが身上。うかつに接触して組み伏せられたが最後、寝技の攻防へと持ち込まれる。こうなると打撃に特化している狸是螺舞流武闘術の遣い手である芽衣は危機的状況へと追い込まれる。
だからあわてて首根っこを掴んでいる腕に手刀をかまして振り払い、すぐに立ち上がった。
「くっ、腕の骨を折るぐらいのつもりで打ったのに、手応えが妙に軽い」
何かを掴んでいる状態の腕。
ふつうであれば衝撃を逃がせない。なのにそれを可能にしたのは蛇体ならではの柔軟性。どうやら累を修めると、筋肉や関節などをかなり自在に扱えるようになるらしい。手刀による衝撃を、指や手首に肘の関節を同時に緩めることでスプリングとし、ぼよんと吸収してしまったようだ。
掴まれたらアウト。打撃も鋭く重い。多勢に無勢の上に、襲撃者は手練れ揃い。だいぶんと目が慣れてきたとはいえ、あいかわらず視界は闇色にて極めて不良。地形は傾斜があって踏ん張りにくい。低体温によりカラダが思うように動かない。
見事に悪条件が整っている。
かなりピンチである。
でも……。
「あれ? そのわりにはけっこうちゃんと反応できてるよね。なんで?」
芽衣は敵の攻撃をさばきつつ、小首を傾げた。
◇
囲まれ追われるうちに勾配が急なところへと辿り着いたのはタエちゃん。
しかしこれは狙ってやったこと。あえて逃げ道のない場所で背水の陣を敷く。
これにより地形に煩わされることなく、敵のみに集中できる。
追い詰めたと思ったら、誘い込まれていた!
襲撃者側が気づいた時には、突出していたひとりが倒されていた。
背後から襲いかかったところを、タエちゃんがくるりと急速反転。首を傾けぎりぎり敵の拳をかわしつつ、逆にその腕を捕ろうとする。
相手はこれを嫌い、すぐさま身を引こうとした。
ところがその時のこと、左足に何かが絡みつく。
それはタエちゃんの右足。高身長にて四肢の長い彼女、本気で深く踏み込めばたやすく三メートルほどもの距離をひと息に詰められる。するりと懐へと。
左足を絡めとるのと同時に肩から相手に体当たり。
柔道でいうところの大内刈りに近しい技。ただしタエちゃんの武術は我流にて実戦により磨かれてきたもの。ゆえに相手を倒して「一本、それまで!」とはならない。
勢いよく押し倒すのと同時に、肘が深々と相手の鳩尾にめり込む。さらに離れるさいには、死体蹴りのおまけつき。
背中からモロに倒されて、腹に一撃を受けて悶絶しているところに、ガツンときてはたまらない。
しかも、ちゃっかり衝撃を逃がせない箇所ばかりを狙うしたたかさ。
「まずはひとり、これで残りは九だね」
ペロリとタエちゃんは舌なめずり。
追われつつも、周囲に蠢く気配を冷静に見極め、自分に群がる襲撃者らの数を把握していたのである。
「十倍闇組み手の間……なるほど、だからひとりにつき割り当てが十なのか」
そのつぶやきに返事はない。あくまで無言を貫く襲撃者たち。
タエちゃんは「ふぅー」と息吹き。丹田にチカラを蓄え、心身を整えつつ感覚を研ぎ澄まし、静かに次へと備える。
◇
芽衣とタエちゃん、それぞれの戦い。
静かだが、苛烈に展開する。
その一方でやたらと賑やかだったのが、伊佗佳のところ。
「ちゃんと勉強しろ!」「いい加減に言葉遣いをあらためなさい」「作法がちっともなってない」「なんだあのだらしない格好は?」「もっと女らしくした方がいい」「やることなすこと雑すぎる」「そんなのだからちっともモテないんだ」「小学校の通学路でニヤニヤするのはヤメなさい」「畑仕事をさぼるんじゃない」「欲は言わない、せめて人並みに」「ワイドショーネタだけは勘弁してくれ」
寄ってたかってのクレームの嵐。
どうやら襲撃者たちの正体は里の者のようだ。
これさいわいと、日頃の鬱憤をぶちまけモノ申す。
「なんであたしだけっ!」
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