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759 一触即発
しおりを挟むいつものごとく事務所のドアを蹴飛ばし入ってきたのは、カラス女。
開口一番「いったいどうなっていやがるっ!」
不良刑事はずいぶんとご機嫌斜めだ。
当人の口から語られたところによれば、理由はおれと同じ。向けられる視線のせい。
ただし、おれの場合とはちがって、視線には険が含まれており、ときおり舌打ちなんぞも混じるらしい。
余計なオマケがくっついているのは、安倍野京香が過去にやらかしたのが原因。
かつて怪盗ワンヒール、怪人インソールあらため怪人インソールダブルエックス、尾白探偵事務所らによって行われた高月変態三番勝負。
あれやこれやあって決着は最終戦までもつれ込む。
いよいよクライマックスという場面にて。
タワーマンションの屋上ヘリポートで、まんまとお宝をゲットして逃げようとしていた怪盗ワンヒールめがけて、カラス女はズドンと発砲。
いきなり脳天を撃ち抜かなかっただけでも、おれからすれば上出来な気がするのだが、傍目にはそうは映らなかったようで……。
怪盗ワンヒールのファンたちは、この暴挙に激怒!
結果、ファンたちの間では、おれは怪盗の引き立て役のダメ探偵として、安倍野京香はとんでも不良刑事として、広く知られることになる。
とどのつまり、カラス女はヒール役として認定されてしまったのだ。
そして始まった聖地巡礼。
こぞって高月の地へと足を運ぶ熱心なファンたちは、街中で探偵を見かけたら「ぷぷぷ」と失笑し、黒づくめの女刑事を見かけたら「けっ」と地面にツバを吐いての舌打ちにて中指をおったてる。もしくは親指をクイッとさげる。
因果応報、すべては自業自得である。
おれは「ご愁傷さま」としか言えない。
だというのにだ。カラス女が掴みかかってきては「なんとかしろ、四伯!」なんぞと無茶をいう。
「げふっ、く、苦しい。いや、だから、そういうところがダメなんだって」
「っ! いいからどうにかしろ。うっとうしくってかなわん」
「そんなことをいったって……。あー、だったら輝子お嬢さまに頼んで、サイトの方から注意喚起をしてもらうとか」
お嬢さまとは怪盗ワンヒールのサイトを運営している花林園輝子のこと。
ゆるふわカールの妙齢の乙女。かつて怪盗会いたさに懸賞金をかけたこともある良家のお嬢さま。怪盗のターゲットにされたときに、ハイヒールの片方だけでなくまんまとハートまで盗まれてしまった。恋しい想いが募るあまり、ついにはファンサイトをも立ち上げ現在へと至る。いまでは趣味が高じて、そっち方面の仕事でもバリバリ活躍中の超やり手のサイト運営者。
「それだ! よし、いまから行って直談判するぞ。四伯、おまえもついて来い」
「はぁ、なんでおれが」
「いいからこい! ひとりよりもふたり、クレームってのは数と勢いがモノをいうんだよ」
言い出したらききやしない。
どうしておれの周囲はこんな女性ばかりなのだろうか?
とはいえ少なからず迷惑をこうむっているのはおれも同じなので、ついでだから頼んでみるのもアリか。
サイトの端っこにでも小さく『探偵さんはデリケートな生き物です。不用意に触れようとはせずに、そっとやさしく見守ってあげてください』との注意書きでも表記してもらえれば、この騒動も少しは落ちつくかもしれん。
◇
そんなわけで事務所をそろって出たおれとカラス女。
「で、どっちに向かう?」
「とりあえず近場のマンションの方からあたろう」
花林園輝子の実家は高月北部の高級住宅街にあり、大豪邸にて超リッチ。
それとは別に駅前のタワーマンションの最上階にも部屋を所有している。
同じ階にはカラス女にベタ惚れの鹿島紗月と、彼女の専属メイドである宇陀小路瑪瑙が住んでいる。
高級ワインや豪奢な食事をエサに、誘われるままにちょくちょくお邪魔をしているカラス女は、勝手知ったる場所から攻めるつもりのようだ。
でも意気揚々と雑居ビルを一歩出たところで、おれたちはびくりと固まった。
表はしぃんと鎮まり返っており、異様な空気が張り詰めている。
まだ昼間にもかかわらず人通りが途絶えている。
雑多なごみごみ感が持ち味のうちの商店街にしては、かなり不自然な状況。
「なんだ?」
「はて?」
おれたちはそろってコテンと首をかしげた。
この状況を作り出していたのは、ふたつの集団。
ちょうどうちの雑居ビルの入り口を挟むようにて対峙している。そいつらが堰となって人の流れを遮っていたのである。
多い……かなりの人数だ。双方ともに五十人前後はいるんじゃなかろうか。
そんな集団同士がにらみ合っている。剣呑にて一触即発といった雰囲気。
どっちがどっちなのかはわからないけれども、どうやらここにきて攻め派と受け派が、ついにがっつりかち合ってしまったようだ。
そんなところにのこのこ姿をあらわしてしまったおれたち。
気づいたときには双方からじーっと見つめられており、おれたちは顔を引きつらせる。
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