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758 派閥抗争
しおりを挟む街中にて女性の方から声をかけられてお茶に誘われた。
ただし逆ナンではない。
例の視線絡みについて話したいことがあるとのこと。
でもホイホイついていった喫茶店にて、いざ向かい合わせに座ってみると生じる違和感。
「はて?」
おれは内心で首をかしげる。
見知らぬ美女である。タイプはちょっとゴージャス系。でも派手さよりも知性が勝っており、いかにもデキる女といった感じ。
もしもこんな依頼人が事務所を訪ねてきたら、おれはきっとそわそわモジモジするだろう。
しかしそれがない。
それどころか自分でもびっくりするぐらい、心身ともに平常運転。
鼓動が高鳴ることもなければ、ちっともときめかない。
で、その理由を考えた。
そしてあることに考えがいたり、「はぁ」とため息。
「あんた……、ひょっとしてワンヒールか?」
言うなり目の前の女がにこり。
「あら、もうバレちゃったの。でもよくわかったわね、尾白探偵。けっこう入念に変装したつもりだったのに」
怪盗ワンヒール。
わざわざ予告状を送りつけては、狙った美女の所有するハイヒールの片方だけを盗み出すことに心血を注ぐ、高月の地に生息する変態のうちのひとり。白のタキシード姿にてマントを翻し、華麗に犯行に及ぶ変態紳士。動物の化け術も真っ青の変装の名人であり、芽衣の不意打ちをかわすほどの身体能力の持ち主であり、尾白探偵事務所とは因縁浅からぬ相手でもある。ウワサではどこぞに秘密のコレクションミュージアムなるものがあるとかないとか。
なお正体不明につき本当の性別もわかっちゃいない。
わかっているのはヤツが真性のド変態ということぐらい。
本日は見目麗しき美女に化けてのご登場。
「……で、これはいったい何のマネだ」
タバコに火をつけながらおれがたずねると、美女がいきなり頭をさげて「先に謝っておくわ。たぶんこれからちょっとご迷惑をかけることになるとおもうから」なんぞと言い出したもので面喰らう。危うく、くわえていたタバコを落としそうになった。
◇
怪盗ワンヒール……。
いまいましいことに女性人気がとても高い。
やっかいなことに、こいつはハイヒールの片方のみならず、女性のハートまでさらりと盗んでいくから性質が悪い。
やがてその人気が高じるあまり、熱心なファンによりファンサイトまで立ち上げられて、いまやアクセス数は三十億越え。ファンクラブの会員も増える一方。
まったくもって羨ましいかぎりである。
だが光あるところに影あり。そうそういいこと尽くめでもないらしい。
ずんずん規模が大きくなる組織。それすなわち、いろんな人間が流入してくるということ。
じきにクラブ内に派閥が生じたのは、ある意味、自然的な流れであった。やがてその派閥同士がいがみ合うこともまた。対立もまた必然なのである。
運営側も座してそれを眺めていたわけではないのだが、ことは感情やら好みに起因するがゆえに、あまりガミガミとは言えず。
結果、現在は以下の四つの派閥がにらみ合いの状況となっている。
主流派。
ファンサイトを運営する主催者・花林園輝子(かりんえんてるこ)を中心としたグループ。怪盗紳士にふさわしい淑女然とした活動をモットーにしている。露骨なのよりも耽美を好む。
攻め派。
いろいろ突っ込む。ちくちくイジメる。言動にて翻弄する。
そんな妄想が楽しい。二次創作にチカラを注いでおり、急速に精力もとい勢力を拡大中。
受け派。
いろいろ突っ込まれる。ちくちくイジメられる。相手の言動に翻弄される。焦らされることもある。やたらとキュンキュンする。
そんな妄想が楽しい。二次創作にチカラを注いでおり、布教活動に余念がない。
枯れ派。
男性ファンばかりで構成されている少数グループ。毎回、めためたにやられているのに、その都度立ち上がっては懲りずに挑む探偵の姿に、己を重ねて密かに涙している者ども。ダメ探偵を優しく見守ることを目的としている。「がんばれ、ファイト! おれたちはちゃんと見ているぞ。でもあくまで見守るだけだから、それ以上は期待するな」といったスタンスで、ゆるくやってる。
◇
当初はネットの中だけの争いであったのが、聖地巡礼が流行したことにより、現実世界に争いが波及。
続々と高月の地へ集結する怪盗ワンヒールのファンたち。わざわざ遠くから訪ねてくるだけあって、とても熱心な方々。愛が強すぎるゆえに、市内でグループ同士が鉢合わせするたびにひと悶着が起きる。
だが肝心の怪盗ワンヒールは正体不明にて神出鬼没。居所は花林園輝子ですらも知らない。
となればファン心理からして、次に矛先が向かうのは……。
「おれかよっ!」
おもわず立ち上がったひょうしに、テーブルをガチャン。
カップが倒れて、熱々のコーヒーが零れてズボンにかかって「あっちーっ!」
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